兄×弟+α

□その言葉、甘毒につき
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「……ふう。これで一通り揃ったみたいだな」

「そうですね」

時刻はぼくら兄弟が街でシェリアから頼まれた買い出しを済ませた時の事。

グミやボトルの入った大袋を抱えた兄さんが一息吐いた後、買い忘れたものが無いかメモを見て確認していたぼくに笑みを向ける。



そんな兄さんの笑顔に、少しだけドキッと胸が高鳴る。

昔は悪戯っ子のような笑顔ばっかり浮かべてたクセに、
今の兄さんの笑顔は柔らかくて、かつ大人びていて、その……まるで別人のようだ。

7年離れていても誰だか分かるほど面影が残っているクセに、こういうふとした瞬間は変わったな、と思う。

それを寂しくも有り、けれど時めいてしまうのは、家族愛としても恋愛としてでも兄さんの事を想っているからか。

「(きっと、ずっとモテていたんでしょうね……。
まあ、本人は気付いていないだろうけど。シェリアも可哀想に……)」

「ヒューバート?俺の顔に何か付いてる?
そんなにじっと見られると恥ずかしいんだけど……」

「あ……。すいません。何でも無いです。
それよりも兄さん、荷物重たくないですか?良かったらお持ちしますよ」

「いや、大丈夫。この位持てるさ。あ、ヒューバート。
宿に戻って荷物置いたら、街を散歩しようぜ。久しぶりに水入らずでさ」

「え……」

「な?」

「……ま、まあ、行ってあげない事も……ありません」

ずるい。相変わらず、兄さんはずるい。
そんな声で言われたら、そんな目で見られたら、断れないじゃないか。

くいっと指で眼鏡のブリッジを押し上げて、しどろもどろになりつつもぼくは了承の言葉を言って、ぷいっと顔を背けた。

それでも兄さんには十分だったらしい。
本当か!?と嬉々とした兄さんの声が聞こえてきた。



ああ、もう。本当、かなわない。


「よし!なら早く宿に戻ろう!デートだ、デート!」

「デ……!?ちょっ……な、何を言ってるんですか!貴方は!!恥ずかしい!
大体兄さんはですね、デリカシーってものが……って、早っ!?」

デート、とそのワードを軽々しく口にした兄さんに、ぼんっと顔が一気に熱くなっていくのを感じながら、
ぼくは文句を言いながら背けていた顔を戻すと、隣にいると思っていた兄さんはかなり前を歩いていた。

「ほら!ヒューバート早く!!」


視界に映る兄さんは離れた位置にいるからか、かなり小さくなっていて。

だけど、それでも遠目からでも分かる程、兄さんは表情はとても明るくて。

はぁとぼくは深い溜め息を吐いた後、やれやれと肩を竦めながら小走りで兄さんの後を追った。



――馬鹿みたいだ、兄さんもだけど……ぼくも。

嬉しそうな兄さんに感染したかのように気分が高揚してきて、胸がじんと熱くなる。

ああもう、これじゃ兄さんの事、馬鹿になんか出来やしない。







「いい天気だな〜」

「ええ、まあ……そうですね」

宿屋に戻り、シェリアに荷物を渡した後。

結局ルンルン気分の兄さんと散歩に行く事になったのだけど……何だかさっきから頭が痛い。


体調管理には気を付けていたのだが、風邪でも引いてしまったのだろうか。

ずきずきと頭痛は徐々に痛みを増していき、ぼくは少しだけ顔を顰めてしまった。


「ヒューバートどうした?気分でも悪い?」

「いえ、全然大丈夫です。心配ご無用ですよ。

それよりも、さっき買い出しをしてた時に兄さんが好きそうなホルダーの売ってある店を見つけたんですよ。折角ですし行きません?」

「……いいのか?もしかしてお前、無理してないか?」

「何を言ってるんですか。ぼくが無理する訳ないでしょう。ほら、行きますよ」

――兄さんにバレる訳にはいかない。

あんなに楽しそうなのに、折角そんな兄さんと一緒にいれるのに、自分の調子が悪くなってきただけでそれらを台無しにするのは嫌だった。

顔を顰めてしまったからだろう、こちらを不審そうに見てくる兄さんに、ぼくは白々しく彼が興味を抱きそうな話題を持ち出した。

――油断は出来ない。
ぼくは嘘は嫌いで、だから嘘を吐くのも苦手だし、
しかも兄さんは普段は超が付くくらい鈍感なクセに実の兄弟だからかぼくの関してだけは鋭い時があるから。



「……わかった。でも無理はするなよ?」

「分かってますよ」

予想に反してあっさりと引いた兄さんにぼくはほっと胸を撫で下ろす。

良かった。デート(兄さん談)は続行出来るようだ。

痛む頭を誤魔化すかのように少しの間だけぼくは顔を俯かせた。


このくらい、我慢出来る。大した事は無い。
 
顔を俯かせていたからだろうか、それとも誤魔化す事で手一杯になっていたからだろうか。




迂闊だった、まさかこのぼくが小石に躓くなんて。

「うわ!?」


バランスを崩して身体が下方に傾く。



やばい、こける――!


「ヒューバート!」

兄さんの声と共にぐいっと腕を掴まれて引っ張られた感覚に、無意識の内に閉ざしていた瞳を開く。

心配そうな兄さんの顔が視界いっぱいに映る。どうやら兄さんに助けられたようだ。



「大丈夫か!?」

「あ……は、はい。ありがとうございます」


真剣で真っ直ぐな瞳に射抜かれて、かっと顔が熱くなる。

普段はヘラヘラしているのに、こういう時の兄さんはキリッとしていて、その……何だかヒーローみたいだ。


戦隊もので例えるとレッドといった所か。
カレー好きだからイエローも捨てがたいけど。


レッド。ぼくが密かに憧れているヒーロー達の中でも一番好きな――。


「なあ、ヒューバート。今日は宿に戻ろう?
ホルダーの店に行くのはまた今度でいいし」

「え!?あ、あの、ぼくなら大丈夫ですから……不注意だっただけですし!
だ、だから、その……もしぼくへの気遣いなら……」

口振りからして、きっともう兄さんには体調が悪い事はバレている。

あんなに楽しそうにしてたのに、まだ時間もそんなに経っていないのに、宿に戻るなんて普通はする訳ないから。

ましてや、自分の感情に比較的素直な兄さんの事だ、きっとぼくの事を気遣ってそう言ったのだろう。

だけど、ぼくは嫌だった。

「ま、まあ……兄さんが飽きたなら、別にいいんですけど……」

ぼくは必死に何を言っているのだろうか。

ああ、恥ずかしい。これじゃあ、デートがしたいって言っているようなものじゃないか。

頭痛は酷くなるばかりだし、正直散歩に付き合える自信は無い。

けれど、自分の所為で中断するのだけは嫌で。

否、違う。兄さんに気遣って欲しいんじゃない。

単純にぼくが中断して欲しくないのだ。続行したいのだ。



……馬鹿だな、本当に。



「ヒューバート、考えすぎ」

語尾が段々と小さくなっていくぼくに兄さんはまるで意表を突かれたかのように大きな目を丸くしたが、直ぐにふわりと花が咲いたような笑顔に変えて、クスクスと笑声を零し始めた。


え?な、何、何で笑って……。


「大丈夫。何もデートを中断したいって言ってる訳じゃないさ」

「!」

「宿の部屋に戻ったら、デートの続きしよう?まったりとした部屋デートも悪くないだろ?」

「あ……」

「な?決まり」

ぐいっと手を掴まれて握られる。


どうしたらいいか分からずに呆然と兄さんを見つめると、優しく青い目を細めて見つめ返された。

ずきんと痛いと感じるほど、胸が強く締め付けられる。

たたでさえ頭も痛いのに、胸まで痛くする気か。この野郎。無自覚だからタチが悪い。



「俺はな、ヒューバート。デートというかお前と一緒にいれたらそれでいいんだ。
だから、無理する必要は無いんだ」

「…………馬鹿じゃないですか」

声が上擦って、顔が赤くなる。

だって……だって、こんな優しい声で、こんな蕩けるような笑顔でそんな事言うなんて、ずるい。

「そうだよ。ヒューバート馬鹿だ。
だけどそれの何が悪い」

悪態を吐いたぼくに仕返しとばかりに開き直った兄さんが握る手にぎゅっと力を込めた。ちょっと痛い。



ああ、もう。優しい顔してひどい。
頭も痛いし、胸も痛いし、握られた手も痛い。

元々Sッ気は有ると思ったが、今でも健在だったのか。

―――只でさえ、兄さんと一緒にいると緊張してドキドキして胸痛いのに。

今回は頭も痛いのに。手も痛いのに。

これ以上、痛みを上乗りさせてどうするんだ。本当に、この、馬鹿兄。
 


兄さんに引っ張られて、歩き始める。ゆっくりと兄さんは歩く、ぼくに負担を掛けさせないように。




「なあ、ヒューバート」

「……何ですか?」

「好きだよ」

「〜〜!」


痛い、苦しい、もう色々と限界だ。



「部屋に戻ったらさ、返事聞かせて欲しいな」


甘い声は毒のようで。後で苦しみは倍増するのだろう。意地悪。


「な?」


にっこりと笑う兄さんを、色んな箇所が痛くて仕方が無いぼくは何も言えずに、ただ見つめる事しか出来なかった。
 


(ガラガラと崩れ落ちる音。
瓦礫の山から、破片が堕ちていった)

(ああ、もう)



(これ以上惚れさせてどうするんだ。……馬鹿)



End?


匿名さんへ!を込めて。

※お持ち帰りは匿名さんのみ可です。


By.津田けい
 

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