兄×弟+α
□オンリー・ブラザー
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――ラント領主邸・執務室前。そこにアスベルはいた。
部下であるレイモンと話す事があるから、とヒューバートがレイモンと執務室に入って早小一時間。
仲間たちと客間室で待っていたものの、ヒューバートが執務室が入ってから時間が想像以上に経っていた為、仲間の代表としてアスベルがヒューバートを迎えに行ったのであったが――。
「(まだ大分時間が掛かっているみたいだな……)」
扉から2人の話し声が聞こえる。
まだ時間が掛かりそうだ。
どうしたものか。仲間達にもう少し掛かりそうだ、と言った方がいいのだろうか。少しアスベルが悩んでいた矢先。
「……判りました。大統領閣下に……とお伝えください」
「はっ。了解しました」
どうやら来たタイミングが良かったらしい。
一段落付いたかのような2人の会話が聞こえてきて、アスベルはほっとする。
「ああ、ヒューバート。髪、」
しかし、それも束の間だった。
刹那、聞こえてきたワードに、アスベルをぴくりと片眉を上げた。
会話を聞く為、扉に近寄り、耳を澄ませる。
『ヒューバート』?
ああ、そうか。そういえばあの眼鏡の部下はオズウェルの人間で、ヒューバートの義理の従兄にあたるんだっけ。
「ほら。ホコリが付いていますよ」
「あ……どうも。ありがとうございます。レイモン従兄さん」
――『ヒューバート』、レイモン『従兄さん』。
その呼び名に、アスベルは胸がざわつくのを感じた。
少なくとも自分がいる時の前ではレイモンはヒューバートを呼び捨てにしないし、ヒューバートもレイモン従兄さんと呼ばない。
きっと他人がいる時でも同じだろう。
という事は、2人っきりの時にしかそう呼ばない、という訳で。
「(何だか面白くない……)」
「では、ぼくは失礼しますね。兄さん達を待たせているので」
「ああ、少し待って下さい」
引き留めるレイモンにむかむかする。
俺のヒューバートに何をするつもりなのだ。あの男は。
かちゃり、と何かを付けるような音。何なのだろう、一体。
「これは……?」
「この前、偶々見つけましてね。貴女に似合うかと思いまして。案の定似合いましたね。
仮にも貴女も女性なんだし、これを機に少しはシェリアさんを見習ってお洒落ぐらいしたらどうですか?」
「…………はぁ。お気遣いどうも。では、失礼します」
その言葉と共に、がちゃり、と扉が開く音と呼応するように開かれた扉。
どうやら2人は部屋は部屋でも扉の近くにいたらしい(通りで声が聞こえ易いと思った)。
慌ててアスベルは扉から少し離れた。
しかし、距離を離したは言え至近距離なのは変わらず。
扉から出てきて、直ぐにアスベルに気付いたヒューバートは兄さん、と少し驚いたかのようにアスベルを見た。
一方、そんな彼女の頭を見たアスベルも少し驚いたように目を見開く。
ああ、レイモンが似合うと言っていたのはこれか。
「!兄さん……いたんですか?」
「はは。少し遅かったから、迎えに来たんだ」
嘘は言ってはいない。
ぺこり、と開かれたままの扉の向こうにいたレイモンに会釈をした後、アスベルはまじまじとヒューバートの空色の頭を見た。
そこには青薔薇のコサージュが付いたカチューシャが嵌められて。
知的でクールなイメージが雰囲気が有る彼女には良く似合っていた。
「あれ?それ……」
先ほどの会話を聞いていたクセに白々しくヒューバートにカチューシャの事を聞いた自分自身にアスベルは内心で自嘲する。
しかしそんな兄が心の内など知る訳が無いヒューバートは、恥ずかしいのか頬をほんのりと赤く染めながら、慌てて弁解しようとした。
「あ、それは、その……」
「――私がプレゼントしたんですよ。ラント卿。
少佐は年頃の割には随分とボーイッシュであられるので」
「レイモン!」
そんなヒューバートを遮るようにレイモンが説明をする。嫌味を付け加えながら。
キッと眉を吊り上げて、ヒューバートはレイモンを咎めた。
その彼女の顔が未だ赤い事にアスベルはムッとするが、表面上には出さずに笑顔を作った。
ふとレイモンに視線を向ける。フッと勝ち誇ったような笑み。
まるでヒューバートがオズウェルの、自分のものだ、と言わんばかりの笑み。
「(……負けるか)」
闘争心が胸に宿る。彼女の兄は自分だし、彼女は自分のものだ。そこは譲れない、絶対に。
「へぇ。そうなんですか。似合うよ、ヒューバート」
「あ……ありがとうございます。兄さん」
アスベルに似合うと言われ、カチューシャを取ろうとしたヒューバートの手がピタリと止まった。
先ほどとは打って変わって明らかに照れた表情を浮かべた彼女に、優越感が胸に占めた。
ああ、可愛い。
レイモンから貰ったという事実はいけ好かないし、自分の好みでは無いが、確かに似合っている、可愛いと思った。
そして何より似合うと言ってこんな可愛い反応をしてくれる妹が可愛くて仕方が無い。
「――でも、俺なら赤を選ぶかな?」
「え?」
「なあ、ヒューバート。俺にもプレゼントさせてくれよ」
「え?」
「そうだな……ネックレスとかどうかな?色は……やっぱり赤がいい。
そうだ、折角だし俺も買って、お揃いにしよっか」
「え、あ……」
「な?」
「………は、はい」
復讐、逆襲、反撃、追撃。
顔をこれ以上無く赤く染めて俯くヒューバートはそれでも兄の申し出が嬉しかったらしい、はにかんだ笑顔を浮かべて、こくりと小さく頷いた。
そんな妹の姿に満足しながら、アスベルはチラリともう一度レイモンを見た。
先ほどとは正反対の、引き攣った笑み。ふっと嘲笑の笑みを浮かべて、唇だけを動かしてアスベルは無音の言葉を紡いだ。
―――ざまあみろ。
「では、俺達はここで。失礼します。行こう、ヒューバート」
ぞっとするような冷たい、されど何処か熱さを帯びた瞳。
ぺこり、と会釈をして、ヒューバートを連れて今度こそアスベルは執務室から出た。
(負けるか。この子は俺のものだ。
昔も……今も。お前なんかにやらない。)
「ガキのクセに生意気な……!」
バタン。閉ざされた扉の音を聞きながら、ちっと苛立ちからか、レイモンは舌打ちをする。
普段はヘラヘラしている顔をしてるクセに、さっき自分に見せたアスベルはぞっとするような表情を浮かべていた。
「シェリアさんも、ヒューバートも……どうしてあの男がいいんだ」
ぽつり、と悪態を吐く。
忌々しいあの男。自分が劣っているとは決して思わない。それなのに。
それなのに、どうして。どうして、シェリアもヒューバートもあの男がいいのか。
「覚えてろよ、あのクソガキぃ……!」
何時か絶対に痛い目を見させてやる。絶対ヒューバートをメロメロにして、ボッチにしてやる。
見てろ。
あいつがネックレスなら、次は指輪を送ってやる。あんな奴なんかに、あいつは渡さない。渡したくない。
『レイモン従兄さん』
『兄さん』
ヒューバートの声が脳裏に蘇る。
何であんな奴に、あんな顔して。
カチューシャをプレゼントしたのは自分なのに。苛々する。
あいつはもうオズウェルの人間の筈だ。ラントのものじゃない、それなのに。
何故だ。実の兄妹だからか。
10年の月日はそんなに大きいのか。憎んでいたのでは無いのか、あの男を。
自分には滅多に見せないはにかんだ笑顔。
思えば7年の月日を共にしているにも関わらず、彼女のあんな表情を見た事が無い。
腹が立つ。
あっさりと笑顔を引き出せるあいつを、直ぐあいつに笑顔を見せる彼女を。
私だって彼女の従兄で、誰よりも彼女の事を―――。
『(ざまあみろ)』
無音のセリフが、まるで音声が付いたかのように、脳裏でリピートされる。
瞬間思い出された、冷たい顔。ぞっとした。
本当にどうしてあんな奴がいいのか。チッとレイモンは忌々しげに舌打ちをして、くしゃりと自身の髪を掻いた。
(彼女を渡したくない)
(その想いはお互い一緒なのに)
(アニという立場、それは同じ筈なのに)
(どうして、彼女は―――)
End?
村西さんへ!愛を込めて。
※お持ち帰りは村西さんのみ可です。
By.津田けい