兄×弟+α

□こんな休日
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「こ、これは……!!」

場所はスパリゾートのフロント、時刻はシェリアが受付を済ます間暇を持て余した他の仲間達がフロント内で各自自由行動を取っていた時の事。


大好きな砂浜戦隊サンオイルスターを一人熱い視線で見つめていたヒューバートは、ふと、彼等の近くの壁に貼られているポスターの存在に気付き、目を見開いた。



「砂浜戦隊サンオイルスターの特大ぬいぐるみXX日に発売……明日じゃないか」


魔物との連戦続きで、疲れたと言うか厭きたらしいパスカルの「息抜きがしたい」と言う我が儘を渋々受け入れて、ヒューバート達一行はスパリゾートに来た訳なのだが――まさか、サンオイルスターの新製品の情報を入手出来るとは思わなかった。



「(これはパスカルさんに感謝しなくてはいけませんね……)」

パスカルを先程まで非難していた事を心中でこっそり謝罪をして、ヒューバートはポスターの内容を完璧にインプットするべくチラシをまじまじと見つめる。


――仲間達には適当に理由を付けて(こういう時『ストラタの軍事機密は役に立つ』)、明日一人で此処に来て買おう、うん。

うんうん、とヒューバートが頷いて一人納得していた刹那だった。




ぽん、と突如、肩に何かを置かれた感触を感じて、ヒューバートはびくっ、と肩を跳ねさせた。

「に、兄さん!?」

「驚き過ぎだって。何見てたんだ?かなり真剣だったみたいだけど」

ヒューバートが慌てて後ろを振り向く――無意識にかポスターを隠すように――とそこには、アスベルの姿があった。

あからさまに驚いたヒューバートの反応が可笑しかったらしく、クスリ、とアスベルは笑みを零しながら、彼の肩に置いてた手を今度は彼の空色の頭へと移して、ぽんぽん、と優しく撫でた。


――不覚だ。
サンオイルスターのポスターに気を取られて、アスベルの気配に気付かなかったなんて。

動揺で激しく高鳴る胸を抑えて、ヒューバートは出来るだけ冷静を装いつつ、兄から顔を背けた。

――ポスターの存在もとい内容をアスベル達に知られてはいけない。
戦隊ものが好きだなんてバレたら、絶対馬鹿にされる。



「別に…情報を集めていただけですよ。それより兄さんこそどうしたんです?何か用ですか?」

「俺?ああ、シェリアがそろそろ受付が終わるから戻って来てくれってさ。それ伝えに来た」

何とかチラシから話を逸らす為に、ヒューバートはアスベルに話を振る。


案の定、素直に自分の用件を話し出したアスベルに、ヒューバートは、ほっ、と胸を撫で下ろした。


「そうですか……」

「ああ。ほら、早く行こう。みんな待ってる」


にこり、と笑顔を向けて手を差し伸ばしてきたアスベルに、ヒューバートは眉をしかめる。


「何ですか?その手は」

「ん、スキンシップ?」

「……人前で何考えてるんですか。絶対嫌ですよ」

いくら兄弟でもあっても、恋人であっても、公衆の面前で手を繋ぐなんて真似したくない。
それに元より、ヒューバートのプライドが先ずそれを許さない。


「何だよ。ケチだなあ」

「ケチではありません。当たり前です。ほら、行きますよ」

少しぶすくれた表情を浮かべるアスベルを無視して、ヒューバートはすたすた、と仲間達のいるカウンターへと歩き出す。




「(死んだ魚介を捕食するぜ!)」

―――サンオイルスターの決め台詞を心の中で叫びながら。







―――数十分後、スパリゾートのビーチにて。


「行くわよー!」

楽しそうな仲間達の声とボールが飛び交う音に、ヒューバートは、元気だな、とビーチバレーで盛り上がっている仲間達をカウンターでジュースを飲みながら遠い目で見る。

その際に楽しそうにボールをレシーブしているアスベルの姿が視界に映って、ヒューバートは胸がきゅん、と締め付けられるのを感じた。

実の兄に時めくなんて情けない話だが、血縁者と言う贔屓を無しにしてもアスベルは格好いいとヒューバートは思う。見た目にしろ、性格にしろ。


この前までは憎くて仕方が無い存在だった筈なのに、今では愛しくて仕方が無い。

マイナスの感情であれ、プラスの感情であれ、結局は自分にとって『アスベル』と言う存在は特別なのだ。


大好きだった。一時は殺してやりたい程に憎んでいた。そして今は――恋人と言う相柄になった。


「(……あ。空振った)」

参戦するのは御免だが、球技の観戦と言うものは中々に楽しい。

マリクがアタックしたボールをレシーブしようとして思いっ切り空振ったアスベルを見て、思わずヒューバートは口元を緩めた。

ヒューバートも誘われたが、生憎とチーム競技は好きでは無い為、断った。

アスベルは不平そうな顔をしていたが、それでも嫌なものは嫌なのだ(こういう観戦なら歓迎だが)。



「(さてと、明日はどうしましょうかね……)」


区切りの良い所で観戦を中断させ、爽やかなソーダの味を堪能しながら、
ヒューバートは明日の『サンオイルスター(レッド)特大ぬいぐるみゲット作戦』に向けて、悶々と考え始める。



明日発売となると、おそらく朝早くから行かないといけないだろう。そうでないと、ヒューバートの狙っているレッドは直ぐに売り切れてしまう。


「(それだけは絶対に避けたい……)」


ヒューバートにとってレッドは憧れそのものなのだ。
レッドが買えない、そんな事態はヒューバートの中で決してあってはならない。


「(兄さん達には適当な理由付けて、バレないようにこっそり来て……いや、だけどこの軍服で来るのはまずいな。
周囲に素性が知られるし、しかもストラタ軍の将校がサンオイルスターの特大ぬいぐるみを買ってるなんて知られたら……)」

――瞬く間にストラタ国民に知れ渡って、オズウェル家の名に傷を付けてしまう。

考えるだけでも、背筋が凍った。



「ヒューバート!」

聞き慣れたテノールに、ヒューバートは思考を中断させて顔を上げた。


すると、――どうやら試合が終わったらしい――アスベルが此方へ駆け寄って来るのが視界に映った。



「兄さん。試合はもう終わったんですか?」

「ああ。結構接戦だったんだけどな。僅差で負けた」

自分の隣へ来たアスベルに、ヒューバートが確認の意を込めて、そう改めて聞くと、アスベルは少し気恥ずかしそうにポリポリ、と自身の頭を掻いた。

昔から負けず嫌いな兄の事だ。

きっと負けた事が悔しいし、恥ずかしいのだろう。


「他のみんなは?」

「シェリアと教官はソフィと砂浜で砂山作るらしい。パスカルは海に潜って色々な発見するんだって張り切ってたよ」

「ああ、成る程……」

「――なあ、ヒューバート。俺達も泳がないか?折角スパリゾート来たんだし」

「え?」

「なっ、いいだろ?」

優しく細められた瞳が、甘い顔立ちに浮かべられた微笑が、ヒューバートを射抜く。

いきなりの兄の誘いにヒューバートは少し戸惑いの色を浮かべるが、アスベルにそんな顔されたら答えはもう一つしか無い。

――自分はアスベルの笑顔に弱い。それはヒューバート自身も自覚してるし、絶望的に鈍感なアスベル本人さえも分かっている事実。

だからこそ、アスベルは敢えて笑顔でヒューバートにおねだりをしているのだ。

そうやると、ヒューバートが断れないのを知っているから。


「〜し、仕方無いですね!少しだけですよ」

「本当か?ありがとう、ヒューバート」

案の定呆気無く折れたヒューバートに、アスベルは彼の頭をぽん、と撫でて嬉しそうな表情を浮かべた。




(兄の笑顔に弱いだなんて、)

(これじゃ周囲に『ブラコン』と言われても否定出来ないじゃないか)







「うわ、冷たっ!でも気持ち良いな」

ざぶざぶと無邪気に海に入って行くアスベルに、ヒューバートも口元を緩めながら彼に続いて入っていく。

ひんやりとした海の冷たさは、暑いストラタの気候には心地良くて気持ちが良い。

寒さにも弱いが暑さにも弱いアスベルにとって、此処はまさにオアシスのようなものに感じる。







「何処まで行く気ですか?」

「そうだなあ……折角だし、奥まで行ってみるか」

ざぶざぶ、とひたすら奥へと突き進んでいくアスベルを追いながらもヒューバートが尋ねると、アスベルは少し立ち止まって考えた後にそう答えた。

そしてヒューバートのいる後ろへと振り返って、彼に手を差し伸ばす。


「人もいないし、いいだろ?」

確かに大分奥まで進んだからか、周囲には自分達以外誰もいない。

フロントで自分が手を繋ぐのを拒絶したのを根に持っているらしい、少し拗ねたような表情で此方を見てくるアスベルは童顔も相俟ってかまるで幼い子供のようだ。


やれやれとヒューバートは肩を竦ませながらも、可愛い兄の我が儘を承諾したらしい、差し伸ばされたアスベルの手をぎゅっと握った。


待ち望んでいたヒューバートの温もりに、アスベルは少しはにかんだ笑顔を浮かべる。







「兄さんってこういうスキンシップ好きですよね」

「そうか?」

「ええ。何かとしたがります」



じゃぶじゃぶと水音を立てて、2人で前へ前と
進んで行く。




「まあ、好きな奴には触りたいものだしな」

「そうですか?」

「う、何だよその言い方。お前だって―――」



ぴたりと進んでいた足を止めて、ぐいっとアスベルはヒューバートの手を強く引っ張った。

目の前には、岩場。



「わ!?」

「―――本当は俺に触られるの、好きな癖に」

案の定、バランスを崩して海の中へと倒れそうになるヒューバートをぼすんと抱き留めて、アスベルは勝ち誇ったような表情を浮かべた。


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