兄×弟+α

□秘恋が終わる時に
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――兄さんが好き。そう思うようになったのは、何時だっただろうか。

兄弟としてでもXXとしてでも。
物心ついた頃から兄さんのことが好きだった。

けれど、『XXとしての好き』はイケないことだ。
それは幼かった自分でも判っていた。

実の兄、領主の跡継ぎ、同性―――モラルという大きな壁がそれを貫くのを許されないことぐらい、判っていた。

だから。あの時、棄てたんだ。7年前、養子に出されたその時に。棄てたのだ、『XXとしての好き』は。



なのに――なのに、



(7年経って、変わったけれど変わっていない兄さんに、殺したはずの感情が蘇ってきて)

(嗚呼、叶わないということは昔より判っているはずなのに、どうして、)



(どうして、ぼくはまだ兄さんのことを―――)








「ヒューバート!」


――兄さん達と行動を共にするようになってから。兄さんはやけにぼくに構うような気がする。

戦闘終了後。

笑顔でヒューバートの元へ駆け寄ってくるアスベルに、はぁとヒューバートは溜め息を吐いた。



「(人の気も知らないで……)」

きっとアスベルは兄として弟の自分の面倒を見ようとしているのだろう。そうヒューバートは見ていた。

兄としての義務として、弟の自分を。そうでなければこんな自分に近寄る訳が無い。

特に昔の自分を知っている兄の事だ、きっと本当は変わり果てた今の自分に幻滅しているのだろう。

しかし、兄だから面倒を見なくてはならない。
そう思っているからこそ、兄は執拗に自分に構うのだ。ヒューバートはそう思っていた。

だから、ヒューバートは辛かった。
兄が自分に構う度に、胸が締め付けられた。


アスベルの事を好きだからこそ、ヒューバートはこの胸の苦しみが辛くて堪らなかった。



「大丈夫か?怪我は……してないよな?」

「当然でしょう。ぼくはストラタの軍人です。あの程度の魔物相手にそんなヘマをする訳がありません」

心配そうな表情を浮かべてヒューバートの顔を覗き込んできたアスベルに、ヒューバートは突き放すように冷たく言い放った。

そんなヒューバートにアスベルはそっか、と言って苦笑するが、それでも彼の傍から離れようとはしなかった。



「(ああ、もう!)」


普通の人間ならば、間違い無く退くはずなのに。
アスベル相手ではそれが通用しない。

ヒューバートは苛立ちに唇を噛みしめる。

腹が立つ、鈍感な点に対しても、お人好しな点に対しても。


「アスベルー!弟くんー!何してんの、早く行くよ〜!!」

「ああ、判った。ほら、ヒューバート行くぞ。皆が待ってる」

アスベルはお人好しだ。
お人好しで、誰に対しても優しい。
それでいて、鈍感だ。

それがどれだけヒューバートを傷付けているのかも知らずに。

行こう、と手を差し伸ばしてきたアスベルをスルーして、ヒューバートは少し離れた位置にいる他の仲間達の元へ歩き出す。

アスベルの横を通り過ぎた刹那、彼の表情が切なく歪められたことを、ヒューバートは知らない。






―――眠れない。

一行がザヴェードの宿屋に到着して、数時間後。
夜となり、借りた部屋のベッドに横たわってかなりの時間が経過したというのに、眠気が来ない。

目を閉じても、脳裏に浮かぶはアスベルの姿。
兄の姿を思い浮かべるだけなのに、どくんどくんと鼓動は高まって。

胸が苦しくて、眠れそうに無い。


―――どうして。諦めたはずなのに。 



はぁとヒューバートは溜め息を吐いて、ベッドから起き上がる。

最近はアスベルのことを考える時間が長い気がする。
アスベルの事を考えると、胸が苦しいから嫌なのに。
それでもふとした時、直ぐにアスベルのことを考えてしまう。



「馬鹿みたいだ……」

実兄アスベルへの想い――幼い時から抱いていた兄弟愛のボーダーを超えたその想いは7年前に棄てたつもりでいたのに。

実際に会ったら、駄目だった。

久し振りに再会した兄と行動を共にしていく内に、殺した筈のそれはまた生まれて、肥大化して。



「………」

宿を出て冷たい外の空気を吸ったら、少しは落ち着くかもしれない。この想いも少しは冷えるのかもしれない。

そう考え、ヒューバートはベッドから下りて、部屋を出た。




(まだ少年は知らない、)

(まさかその後、自らの胸を苦しめる元凶と出あうなんて―――)







「!!」

がちゃりと宿屋のドアを開けた刹那、ヒューバートは驚きで目を見開く。

赤みがかった茶髪に、純白の服。
視界の奥でアスベルの姿を捉えたからだ。

少し離れた位置にいるアスベルは、どうやらヒューバートに気付いていないらしく、何のリアクションを見せなかった。
ただ、じっと漆黒に染まった空を見上げていた。

その表情は普段の穏やかなものでは無い、無を連想させる静かなものだった。



こんな時間に空を見上げて、一体何を考えているのだろう。

ヒューバートは疑問を抱くが、それ以上に見たことが無い兄の姿に動揺を隠さずにはいられない。




「…………兄さん」

ずきんずきんと更に痛みを訴えだした胸を叱咤して、ヒューバートは意を決してアスベルを呼んだ。

その声に気付いたアスベルが、呼応するようにゆっくりと振り返って、ヒューバートの方を見た。


「ヒューバート?起きてたのか。どうしたん
だ?」

先ほどのヒューバート同様驚いたのだろう、ヒューバートの存在を確認すると、アスベルの大きな青色の目が見開かれる。

しかし、切なげな表情に変化させたヒューバートとは違って、アスベルは直ぐさま優しい、何時もの笑顔を浮かべて彼の元へ歩み寄る。



「少し外の空気を吸いに……。兄さんこそどうしたんですか?こんな時間に……」

「何かちょっと眠れなくてさ。お前と同じで外の空気を吸いに来たんだ。
だけど奇遇だな、こんな時間にお前と一緒にいるなんて」

ぽりぽりと頬をかきながら、アスベルは少しはにかんだ表情を浮かべて、ヒューバートの細腕を掴んだ。


「に、いさん?わっ!」

「何だか夢みたいだ」


意外と力強く掴んでくるそれに、ヒューバートは目を白黒させる事しか出来ない。

そんな弟の姿にアスベルは愉快そうに笑声を漏らす。
そして掴んだヒューバートのそれを強く引っ張って、下方によろめいた彼を自身の胸の中に閉じ込めた。


「な、何するんですか……!」

「あはは、お前温かいな。俺より寒がりのクセに」

突然の事に理解出来ずにぽかんとした表情を浮かべていたヒューバートだったが、今の状況を理解した途端にじたばたと暴れ出す。

しかし彼の背中に回されたアスベルの両腕の所為で上手く動けない。

ちっとヒューバートは舌打ちをして、顔を上げてアスベルを睨んだ。

しかしその強気な表情は刹那、消え失せることになる。



「!!」

アスベルの顔を見たヒューバートの肩がびくりと跳ねる。笑っているはずのアスベルは、笑ってなんかいなかった。静かな表情。そう、アスベルは先ほど空を見上げてた時と酷似していた表情を浮かべていたのだ。

ただ、一つだけ先ほどと違う点がある。

それは、アスベルが自分を射抜くようにこちらを見ていることだった。


強い視線は、何だか熱い何かを秘めている気がして。
ヒューバートは本能的にこれ以上は危険だと悟った。


「は、離して下さい」

「嫌だ」

「離して下さい」

「嫌だ」

「離、して」


アスベルに強く抱き締められた身体が、急激に熱く火照って苦しいと悲鳴を上げる。

何でだろう、泣きそうだ。

緩みそうになる涙腺を必死に堪えて、ヒューバートはアスベルを拒絶しようとする。



「嫌だ」

これ以上は駄目なのだ。

このままだと、これを受け入れてしまったら、もう自分たちは元には戻れない。

状況は未だ呑み込めていないものの、ヒューバートは本能的にそう確信した。

どくんどくん。鼓動が激しく鳴り響く。

これは一線を越えてしまう事への期待か、後戻り出来ない恐怖か。

恐らく両者とも当てはまるだろうが、後者の方が強いだろう。

実の兄弟であり領主という立場であるアスベルとの未来はほぼ無い。

それが判っているからこそ、怖い。

どれだけアスベルの事が好きでも、子を成せない自分は肉親である自分は駄目なのだ。

子を成せても、血の繋がりのある自分では駄目なのだ。

だから、この想いは実ってはいけないのだ。

モラルが、将来が、自分の想いを妨げる。

ずっと、一生隠し通す気でいた。

幸いアスベルは超が付く程鈍感だし、自分も感情を殺す事には慣れていた。

だから大丈夫だと思った。隠し通せる自信はあった。


なのに……なのに、



「今離したら、お前は此処からいなくなってしまうだろ?そんなの嫌だ。やっと捕まえたのに」


抱き締める力を強めながらそんな事を言うなんて、ずるい。



「いい加減にして下さい!離せ!」

心地よい温もりと窮屈な身体に淡い期待がヒューバートの苦しい痛みを訴える胸に宿ってしまったが、それは赦される事では無い。


いけない、駄目だ、拒絶しなくては。

淡い期待を抱いた胸を叱咤し、ヒューバートは先刻よりも強い口調でアスベルを拒絶する。

けれど彼は気付かない。

言葉では拒絶しているものの、身体では抵抗をしていない事を。


無意識ながらも淡い期待に身を委ねようとしている事に、ヒューバートは気付かない。


「ぼくの事なんて放っておけばいいでしょう!?ぼくがいなくなったら貴方は義務から外れて楽なはずだ!
お人好しすぎるんですよ、貴方は!!」


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