兄×弟+α

□あの頃も今も
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『ヒューバート!!』

――昔の頃の夢を見た。

兄さんたちと探検に行った時に、一人はぐれて迷子になって途方に暮れていたぼくを兄さんが見つけてくれた時の、夢。

一人でどうしようも出来なくて不安に怯えてたぼくは、兄さんの姿を見た瞬間安心して泣き出してしまったんだっけ。

『あー、もう泣くなって!大丈夫だから。ほら、行くぞ』

泣きじゃくるぼくに兄さんは困り果ててたようだったけど、それでもぶっきらぼうに手を差し伸ばしてくれた。

あの時、握りしめた兄さんの手は温かくて、余計に涙が止まらなくなってしまったのはぼくだけの秘密。



(不器用だけど優しくて温かい手)

(家に帰るまでずっと握ってくれていた兄さんが大好きだった)








「………」

どうしよう、困った。
ストラテイムの角を集める為にフェンデル国境地帯に来たのは良かったものの、何時まで経ってもベラニックに着きそうに無い。

――地図通りに進んでいる筈なのに、どうして。

地図を片手にヒューバートはフェンデル国境地帯を見渡した。

先刻仲間たちと此処からベラニックに向かった時、こんな道通っただろうか。いや、おそらく通っていない。

「(おかしいな、間違った道は進んで無い筈なんですが……)」

ベラニックの宿屋で各自自由行動時間を設けられた為、ベラニックの兄妹に少しでもストラテイムの角を渡したかったヒューバートはフェンデル国境地帯に行き、かなりの数のストラテイムの角を集めたのだったが――いざベラニックに戻ろうとしてもう数時間が経過している。
 
確かに地図通りにベラニックへの道に歩いている筈なのに、数時間経っても未だベラニックに着けない今の状況に、流石のヒューバートも困惑の色を浮かべていた。



――どうして、完璧な筈なのに。

地図と道を見比べて顔をしかめるヒューバートは、まさか自分が逆方向の道を進んでいるなんて事実なんて気付く由も無い。


そう。何故なら彼はかなりの方向音痴である。 それも質が悪い事に無自覚の。



「寒っ……!」

ひゅうと風が吹いた拍子に感じた凍てつくような寒さに、ヒューバートは体を震わせた。

ストラタの暑さには慣れているが、フェンデルの寒さには慣れない。

「早く戻らないと……」

慣れない寒さと長時間歩き回った所為でヒューバートの体力もそろそろ限界を迎えようとしていた。それに、後少し時間が経過したら日も暮れる。

そうなってしまうと、本格的に危ない。夜のフェンデルで遭難状態に陥ると、最悪、凍死してしまう。それだけは何としても避けたい。




「――ベラニックは逆方向だぞ、ヒューバート」

「!!」

何時までも立ち呆けている訳にもいかない。取り敢えず進むしか無いと前へ歩もうとしたヒューバートの背後に突如降りかかった聞き覚えのあるテノールの声に、びくぅっとヒューバートは驚愕に肩を震わせた。



「ベラニックにいないからまさかと思って捜してみたら……こんな所にいたなんて」

声がした背後をヒューバートは恐る恐る振り向いた。

するとヒューバートの予想通り、そこにはアスベルの姿があった。

「に、兄さん……!?」

「ヒューバート」

想定外の兄の登場に、ヒューバートは開いた口が塞がらず立ち尽くす事しか出来ない。

その隙につかつかとアスベルはヒューバートに近寄って来た。

混乱と動揺で呆然とその様子を眺めていたヒューバートだったが、突如感じた懐かしい頬の激痛にいっと小さく悲鳴を上げた。


「痛っ、いひゃい!兄しゃん、いた……」

「この馬鹿!自由行動って言っても限度があるだろ!
俺が来なかったらどうするつもりだったんだ!!」

強い力で頬を抓り上げる兄に、涙目になりながらも必死にヒューバートは痛みを訴えようと試みるが、アスベルは頬を抓るのを止める所か、怒鳴り上げた後にぎゅぅぅぅと更に強い力で抓った。


――本気で痛い。

しかし、ちらりと見たアスベルの顔は間違い無く怒っていて、経験上こういう時の兄に抵抗してはいけないと分かっているヒューバートは抵抗するのを止めて大人しくする。


「自由行動とは言え、一人で街外には出るなよ。危険だし、それにお前ただでさえ方向音痴なんだからさ…」

暫くの間、痛みに耐え続けてると、アスベルは深い溜息を吐いた後に、漸くヒューバートの頬を抓る手を離す。



「かなり冷え切ってるな……。ほら、早く帰るぞ。皆心配して待ってる」

「!」

抓ったことで判ったヒューバートの頬の冷たさにアスベルは相変わらず顔を顰めながらも、解放された未だじんじんと痛む頬を撫でてるヒューバートに手を差し伸ばした。

『あー、もう泣くなって!ほら、帰るぞ』

――七年前の記憶がヒューバートの頭を過ぎる。

あの時もアスベルは迷子になって途方に暮れていたヒューバートに手を差し伸ばしてくれた。


あの時のアスベルと比べて今のアスベルは似ても似つかない程性格が変わってしまったけれど、こういう根本的な所は全然変わっていない。




「……」

何だか胸が熱くなって、元来脆い涙腺が緩みそうになるのを必死に抑えて、ヒューバートはおずおず、と恐る恐る差し伸ばされた手を取った。


――兄の手は昔の頃と同じで温かかった。



「うわっ、やっぱり冷たいな。早く帰って体を温めないと」

「別に平気ですよ。……あの、兄さん」

「ん?」

「その……ありがとうございます。助かりました」

「……ああ。今度はみんなで角取りに行こうな。もう一人で街の外に出る真似なんかするなよ」

「え!?ど、どうしてそれを……」

「ん、お前の兄さんだからかな?お前の行動は何となく分かるんだ」


そう言って空いてる手でぼくの頭を撫でた兄さんの笑顔は昔とちっとも変わらなかった。

全く適わない。普段はとてつもなく鈍感な癖に、ぼくに関してはこうやって総てを見透かしたように笑うんだ。


――あの時も今も、兄さんは兄さんで。
温かい手も優しくて、全部見透かしたような笑顔も、あの時と一つも変わってなくて。


(大好きな兄さんは七年経ってもやっぱり兄さんのままで)

(僕と同じ青色の瞳を細めて笑う兄さんに、僕は胸が熱くなるのを感じた)

(今も昔も兄さんは優しくて温かくて)


(絶対口にはしないけど、そんな兄さんがぼくは今も昔も――)




End?
 

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