兄×弟+α

□チョコレート
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「アスベル」

時刻は夜、場所はバロニアの宿屋の一室。バーに行ってくる、と部屋から出ようとしたマリクはそうだ、と――何かを思い出したらしい――扉を開くのを止めて、ポケットからラッピングされた長方形の箱を取り出した。

そして先程風呂から上がって武器の手入れをしていたアスベルを呼んで、その箱を直ぐに自分の元へ来た彼にぽん、と手渡した。


「?これは?」

「チョコレートだそうだ。さっきロビーにいたら知人の女性に貰ってな。アスベル、お前にやろう」

「いいんですか?わあ、ありがとうございます!」

チョコレート、と言う単語にぱぁぁとアスベルの表情は明るくなる。

チョコレート――と言うか甘いもの全般だが――はアスベルの好物だ。

予想通り喜んで受け取った教え子にマリクはふっと笑って彼の赤味がかった茶髪を撫でる。

そして、今日は恐らく遅くなるから先に寝てろ、とアスベルに言い残して今度こそ扉を開けて部屋から出た。



「チョコレート、かあ……」

パタンと扉が閉められる音を聞きながら、アスベルは貰った箱を見つめて胸をうきうきさせる。

――ヒューバートが上がってきたら一緒に食べよう。

自分と入れ替わりに今は風呂に入っている弟を思い浮かべて、アスベルはふふっと笑う。

そして先程中断した武器の手入れを再開させて、弟が風呂から上がるのを待つ事にした。







――それから暫く経った後。武器の手入れも終わり、ベッドにうつ伏せで横たわっていたアスベルはガチャリ、とバスルームが開かれる音に顔を上げた。


「上がりましたよ」

バスルームの方を見ると、そこには予想通り待ち望んでいたヒューバートの姿があった。

風呂から上がったばかりだからか、空色の髪はまだ濡れており普段は掛けてる眼鏡も今は掛けていない。

しかし、裸眼のぼんやりとした視界でもマリクの姿が見当たらない事に気付いたらしく、ヒューバートは青い瞳を瞬かせて、アスベルの方を見た。


「兄さん、マリクさんは?」

「ああ。教官はバーに行ったよ。遅くなるだろうから先に寝てていいってさ」

「はぁ……」

愛用の眼鏡を取り出して掛けながら、ヒューバートは遅くなると言うより朝方に帰ってきそうですね、と何処か悟ったように言った。

それにアスベルは苦笑しながらも(確かにマリクはバーに出掛けたら朝方まで帰ってこないことが多い)、そうだなと相槌を打った。


「あのさ、ヒューバート。これなんだけどさ」

「それは?見たところ貰い物のようですが……」

「チョコレートだってさ。教官がくれたんだ。良かったら一緒に食べないか?」

「今からですか?」

「駄目か?」

困ったように微笑みながらアスベルがそう聞くと、ヒューバートはうっと顔を赤らめて言葉を詰まらせる。

昔からヒューバートはアスベルに弱い。それは周囲の人々も鈍感過ぎると言われ続けているアスベル本人にすら周知の事実だ。

特にヒューバートはアスベルの笑顔に弱い。
それを判っているから、アスベルは笑顔を浮かべて弟に了承を得ようとするのだ。


「〜〜仕方無いですね!別に付き合ってあげなくは無いですよ?」

案の定、素直では無いもののあっさりと了承したヒューバートにアスベルはにこりと笑い、彼を自分の隣に来るよう促した後に、施されているラッピングを解いて箱を開けた。


「うわ。見て見ろよ、ヒューバート。ワインの形してる」

パカッと開いた箱の中身はワインの形をしたチョコレートが詰められていて、アスベルは大きな青色の瞳をきらきらさせて、自分の隣に座ったヒューバートに嬉しそうに報告した。

「本当ですね。マリクさんが貰ったものだからでしょうか?」

「あー。有り得るかも。教官、ワイン好きだし」

ワインの形をしたチョコレートにアスベルとヒューバートは感動しながらも、それらを箱から取り出して口に含む。

甘いそれに所謂お子様味覚な2人は顔を綻ばせるが、ワインの形をしたチョコレートは意外と大きく、舐めるだけでは簡単には溶けないようだった。


ほぼ同時にアスベルとヒューバートはカリッとチョコレートを噛む。


「「!?」」


刹那、どろりと口に含んだチョコレートの中から何か液体が出てくるのを感じた2人の目が驚きに見開かれる。

甘いチョコレートの味と不思議な液体の味が口内で溶け合い混ざる。

全てが溶け合って口内からチョコレートが消えた時には喉がかああと熱くなった。



「……兄さん、これもしかして――」

独特の味と感覚に液体の正体を悟ったヒューバートが、恐る恐るアスベルの方を見る。


――これは恐らく自分たちが食べてはならないものだ。未成年である自分たちはこれを食べてはならない。

しかしどうやらアスベルの方は全然気付いていないらしく、箱からチョコレートを取り出して、パクリとまた口に入れた。


「むぐ、ああ、何か液体が入ってるよな。不思議な味だけど美味いな」

「兄さん、これおさ――ってちょっと!
さっきから何個食べてるんですか貴方!」

ハイペースで着実に箱からチョコレートを消していっているアスベルに、ヒューバートは焦燥感に声を荒げた。



――この液体がもし自分が思い描いているものと一致するのなら、やばい。

早く止めなければ――。


「んぐ、不思議な味だけど癖になるなこれ。
はは、何だか身体がぽかぽかしてきた。
そうだ!ヒューバートにもお裾分けしてやるよ」

「はぁ!?」



―――遅かった。

にこっとアスベルはヒューバートに――女性がこれを見たら時めくだろう――甘く笑いかけて、ぐいっと彼の顎を強い力で掴んだ。

しかし、至近距離で見える兄の瞳がぼんやりと虚ろで顔も紅潮しているように見えるのは、きっと気の所為では無い。



「んっ!ん〜!」

ヒューバートは首を横に振って抵抗したが、アスベルの力に勝てず、口付けを許してしまった。

何時も以上に激しく口内を貪ってくるアスベルにヒューバートは尚も抵抗するが、アスベルが咄嗟に空いてる手で彼の後頭部も押さえつけたことで、身動きが出来ずにされるがままになってしまう。

甘いチョコレートの味、それと混ざり合った独特な液体の味、アスベルの熱い舌に翻弄されて。ギュッとヒューバートは瞳を閉ざした。



「ぷはっ……はぁ、はっ……」

「ん。ヒューもぽかぽかになったな」

唇が離された刹那、酸欠で力が抜けたヒューバートの身体がぐらりと倒れ込んだ。

それをアスベルはすかさず受け止めて、キスで熱くなったその身体の温もりに、カラカラと愉しそうに笑った。

「でも、まだ全然足りない」

パクリとアスベルは箱に唯一残っていたチョコレートを口に含む。

そんなアスベルに、ひっとヒューバートは己の身の危険に後退りをしたが、酸欠状態でふらふらな身体はあっさりと兄に掴まり、再び深く唇を奪われる。

カリッと合わさった口内でアスベルがチョコレートを噛み、そこからドロリと液体が出てくる。

またも翻弄される兄と液体とチョコレートの熱さにヒューバートは今ならこの熱と酸欠で死んでしまえそうだな、と、真っ白になっていく意識の中、そう思った。




End?
 

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