兄×弟+α

□くろす・らぶ
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【side→X→】


「この剣の前に、敵はない!」

――これは戦闘が終了した時のこと。
襲い掛かってきた魔物を総て討伐した事を確認したアスベルが己の剣を収めていた時のことだった。

「(ん?)」

戦闘が終わったにも関わらず、武器をしまわずに突っ立ったままでいるヒューバートにアスベルは違和感を感じた。

俯いて顔が見えないのも、余計それを増幅させる。

「おい、ヒュ――」

不審に思ったアスベルが、ヒューバートの元へ行き彼の肩に手を置いて名前を呼ぼうとした刹那の事だった。

ぐらりと彼の身体が下方へと倒れる。条件反射で弟の身体を抱き止めたアスベルは触れた事で判った弟の身体の熱さに目を見開く。

「ヒューバート!?ヒューバート!!」

改めてヒューバートを見ると、どうやら意識を失ったようで彼の青い瞳は閉ざされて何度名前を呼んでもぴくりとも反応しない。

しかし、意識を失っていても息は荒く表情も苦しげだ。

しかも先程までは俯いていた所為で気付かなかったが、改めて見たヒューバートの顔は林檎のように紅潮していて、彼の容態が熱に侵されているのは一目瞭然だった。



「アスベル、どうしたの!?」

「それが、ヒューバートが……」

兄弟の様子が可笑しい事に気付いた他の仲間たちが二人の元に駆け寄ってきた。

アスベルの説明を聞きながら、マリクが代表として、そっとヒューバートの額に触れて彼の体温の高さを確かめる。


「……結構高いな。早く宿屋で休ませた方が良い」

「確か此処から西に行くとグレルサイドに着くよね〜」

「ええ。早く行きましょう」

シェリアの言葉に一行は頷く。

パスカルの指摘通り、ここから少し西に進んだ所にグレルサイドがある筈だ。早くヒューバートをそこの宿屋で休ませてやらなくては。

アスベルは抱き留めていた弟をおぶる。

背中から感じるずっしりとした弟の重さと熱さに様々な感情がアスベルの胸に宿った。

どうして自分はもっと早く弟の異変に気付いてやれなかったのか。

何で弟は身体の異変を言ってくれなかったのか。

弟の事だ、皆の迷惑を掛けたくないが為に倒れるまで我慢し続けていたのだろう。しかしそれでも――。



「(いや、今は考えるのは止めよう。ヒューバートを宿屋で休ませるのが先だ)」

弟の荒い息を至近距離で聞きながら、アスベルは深く思考するのを止めて、先行する仲間たちの後ろに付いていくように歩き出す。


途中でマリクに代わろうかと申し出をされたが、弟の温もりを離したくなくて、アスベルは断った。

(それは兄としての想いだったのか、それともヒューバートがXXだからかなのか判らなかったけど)


(少しでも彼の温もりを感じていたい。その想いだけは確かだった)




【side→アスベル→】



暫くしてグレルサイドに着いた俺たちは早速宿屋に行って何時ものように二部屋取った後、各々が倒れたヒューバートの為に行動を取り始めた。

現在は二部屋取った内の一部屋で、パスカルが薬の調合、教官とシェリアがお粥を作ってくれている。

そして俺とソフィはというと、もう片方の部屋のベッドにヒューバートを横たわらせて、寝ている彼の様子をじっと見ていた。

ソフィもヒューバートが心配なのか、俺と同様に彼の傍から離れようとしない。

それはとても嬉しい事で胸が温かくなるものだったが、自分は兎も角、彼女にヒューバートのそれをうつさせる訳にはいかない。

「ソフィ。パスカルを手伝いに行ってくれないか。こいつは俺が看とくから」

「……うん。分かった」

彼女にそう頼むと、相変わらず心配そうな表情を浮かべてはいたものの、こっくりと頷いて、隣の部屋へと向かう。

パタンとソフィによって開けられた扉が再び閉められる音に俺は安堵の溜め息を吐いた。



「………」

そっと俺は弟が眠るベッドに腰を下ろした。勿論、彼を踏まないように気を付けながら。

「ヒューバート……」

そっと眼鏡を外した。眼鏡を外した素顔――表情は苦しげだが――で眠るヒューバートは吃驚する位幼くて、7年前の彼を連想させた。
 弟の滑らかな頬を撫でる。熱を帯びてるそれはやっぱり熱くて、俺は思わず眉をしかめた。

「もう少し俺を頼ってくれよ……」

ポツリと俺は胸の内を呟く。きっとヒューバートには聞こえていないだろうけど、言わずにはいられなかった。

一人で抱え込まないで欲しい。俺にもっと頼って欲しい。そう思うのは我が儘なのだろうか。

7年振りに再会した弟は強気で冷静な青年へと成長していたが、根本的なものはちっとも変わっていない。

それが俺にはとても儚く見えて、兄として護ってやりたいと言う想いを余計増幅させる、兄弟として抱いてはいけない想いと同時に――。

「う……」

呻き声が聞こえた途端、ヒューバートの閉ざされていた青い瞳がゆっくりと開かれる。

ヒューバートが意識を取り戻したのだ。


「ヒューバート!」

「にい、さん……?」

まだ朧気な瞳をしている彼はいまいち今の状況を理解出来ていないようだ。
きょとんと不思議そうな表情を浮かべている。



「覚えているか?お前、熱出して倒れたんだ」

「熱……」

俺が説明してやると、段々と記憶が戻ってきたらしい。

ヒューバートの表情がネガティブなものへと変わっていく。



「すいません。迷惑を掛けて……」

自分の失態を重く受け止めているのだろう。眉をハの字にしてしょんぼりとした様子で珍しく素直に謝罪の言葉を述べるヒューバートに俺は何も言えずに彼の柔らかい空色の髪を撫でた。




――参ったな。目を覚ましたら説教の一つ位言ってやろうと思ったのに。

そんな顔されて謝られたら、怒るにも怒れないじゃないか。



「俺、みんなに伝えてくるな」

取り敢えずヒューバートが起きた事をみんなに報告した方がいいだろう。

そう思って俺はベッドから立ち上がって部屋を出ようとした。



『しようとした』と言うのはヒューバートが俺の腕を掴んでそれを阻止したからだ。


「ヒューバート?」





【side→ヒューバート→】


本当に無意識だった。部屋から出ようとする兄さんの腕を掴んで止めたのは。


「ど、どうした?」

案の定目を丸くした兄さんに、しかしぼく自身もこの無意識の行動の理由が解らずに、無言を貫く事しか出来ない。


ぎゅう、と兄さんの腕を掴んだまま離そうとしない、否、出来ない自分に、ぼくはどうしたらいいか分からずに何も言葉を発する事が出来ない。

兄さんは暫く呆然とそんなぼくを見ていたけれど、何かに気付いたらしく、不思議にしていた表情を優しい笑顔へと変えた。



どきん。胸が高鳴る。
だって、反則だ。あんな優しい、綺麗な笑顔を見せるなんて。

笑顔を浮かべた後すとん、と兄さんはぼくの寝ていたベッドへ再び腰を下ろす。 それにぼくは安堵して、自分のそんな感情に吃驚した。


「大丈夫。此処にいるよ」

優しい声色と共に、兄さんの手がぼくの頬に触れる。
兄さんの手はひんやりと冷たくて心地が好かった。


兄さんの声がじんわりと胸に浸透して、優しい笑顔に胸が温かくなって。

元来脆いぼくの涙腺は緩みそうになって。

胸がどきどきと高鳴って口元が緩んで。



――嗚呼、きっとこれは。




「(――そうか僕は、)」

高揚している自分の感情に、ぼくは自分が無意識にした行動の意図に漸く気付いた。



ああ、そうだ、ぼくは――。



「……はい」

(ぼくは兄さんに傍にいて貰いたかったんだ)







【side→X→】




『此処にいるから』と言ったアスベルにヒューバートはふわりと柔らかい笑みを浮かべて頷く。

それは昔アスベルがよく見ていた幼い頃のヒューバートの笑顔と瓜二つで、アスベルは自身の顔が赤くなるのを感じた。



――不意打ちだ。
いきなりそんな綺麗な笑顔浮かべるなんて。

そんな顔されたら、今まで隠していた想いを抑え切れなくなる。

―――恋愛感情としてヒューバートが好きだと言う、禁忌の想いが。


弟の柔らかい笑顔に感情を抑え切れなくなったアスベルはヒューバートが悪いんだと言い訳をして、ヒューバートに覆い被さるように抱き締めた。



「兄さん?」

「まだ身体キツいだろ?寝よう」

我ながら滅茶苦茶な言い分だな、とアスベルは自嘲めいた笑みを浮かべるが、仕方が無かったんだと脳内で言い訳をして、抱き締める力を少し強めて瞳を閉ざした。

ヒューバートはそんな兄に少し戸惑いの表情を浮かべたが、それでもおずおずとアスベルの背中に手を伸ばす。

兄の身体は熱を持ったヒューバートにとってひんやりとしていて、それが逆に気持ちが良い。

とくんとくん。
抱き締められた事でアスベルの心音が直に聞こえて、それを聞いていると段々と眠くなってきて、ヒューバートも瞳をそっと閉ざした。

「おやすみ。ヒューバート」

「……おやすみなさい。兄さん」

兄の心音、温もり、香り。
昔もこうやって兄さんに抱き締められて寝た事があったな、とヒューバートは養子に出される前の懐かしい記憶を思い出しながらも、心地好い感覚に再び眠りについた。






「やっほー!薬調合出来たよ〜!初めて作ったからアレだけど、多分市販のよりは効き目があ……ありゃ?」

「……二人ともよく寝てるね」

薬の調合を終えたパスカルとソフィがアスベルたちのいる部屋の扉を勢いよく開いた。

そこにはお互いを抱き締めながら眠っている兄弟の姿がいて、パスカルは予想外の光景に一瞬目を丸くしたものの直ぐに何時もの明るい笑顔を浮かべて、
仲良しさんだね、と同じく笑顔を浮かべるソフィに後で薬渡そっか、と言って彼女を連れて部屋から出ていった。



「(何だかお姉ちゃんに会いたくなったなあ)」


研究所にいるだろう姉を思い描きつつも、パスカルはソフィに「あたしたちも一緒にお昼寝しよっか」と誘いながら、パタンと扉を閉めた。



(おやすみ、よい夢を)



End?
 

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