山賊×情報屋
□Rain
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「あ、」
――ジェイが何時ものように噴水広場で情報収集をしている時の事だった。
ポツリ、と一滴の雫が頬に落ちる感触にジェイは上を見上げた。
「雨……」
その一滴が落ちたのを契機に、ポツポツ、と見上げた空から控え目にだが数多の雨粒が落ちていく。
――ざぁざぁ。
暗い雲で覆われた空は段々と暗さを増していき、広場にいた人々もそれに比例していなくなっていく。
ジェイも普段なら彼等のように足早に自宅へと急いだだろう。
けれど、今回は。
今回、ジェイはどうしても空から落ちていく雨から目を離す事が出来なかった。
それは彼の幼年期の出来事が大きく関与しているのだろう。
何故なら彼が初めて人を殺した時の空も今と同じような色をして、今と同じようにそこから雨を振らせていたのだから。
――ざぁざぁ。
血塗られた身体を洗い流してくれた雨は幼いジェイの心をも流してくれた。
雨が止んだ時には、あれだけ溢れさせていた涙も止まっていた。
――ざぁざぁ。
次第に激しさを増していく雨に打たれながら、ジェイはするり、と髪飾りを外して瞳を閉ざす。
もう噴水広場にはジェイ以外の誰もいなかった。
―――それからどの位の時間が経ったのだろうか。始めは冷たいと感じていた雨は今では何も感じない。
だけど、ジェイは自宅に帰る気がしなかった。今帰っても平静を保てる自信が無かったからだ。モフモフ族のみんなに心配を掛けたく無かったのだ。
それに……この雨は総てを洗い流してくれるような気がした。
ふっとジェイは自嘲めいた笑みを浮かべる。
しかし刹那、手首に感じた温かいものに、ジェイはその表情を驚きを帯びたものへと変えさせた。
「なぁにやっとるんじゃ、ワレ?」
手首を掴む大きな手、呆れたようなテノールの声、赤い髪に赤い瞳、黒の眼帯。
――ジェイの仲間であり、恋仲でもあるモーゼスが彼の手首を掴んでそこにいた。
「モーゼスさん……?」
「おわっ!ワレ、かなり冷えとるの」
冷え切ったジェイの白い手首にモーゼスは少し目を見開いた。
濡れている黒髪、冷え切った身体、寒さに白を通り越して青くなっている肌。
どのくらい此処にいたのだろうか。人気の無い噴水広場で、一人で雨に打たれて、一体どのくらい。
何となくジェイに会いたくなって通過点として此処に来たのだが、まさか此処で当人に会えるとは思わなかった。
しかし糠喜びもしてられない。早く冷え切ってる彼を温めてあげなければ。
「ほれ、行くぞ」
掴んだジェイの手首を引っ張って、モーゼスは野営地へと歩き始める。
驚いた顔はしているものの、普段なら絶対言う筈の文句を一言も言わず、自分のされるが儘に手を引っ張られているジェイがモーゼスはやけに痛々しく感じた。
そう思うのは、今の彼がまるで棄てられた猫のように見えるからか、それとも彼の過去を知っているからか。
ぎゅっ、とモーゼスは掴む力を少しだけ強めた。
(どちらにせよ、護ってやりたいと思った)
(仲間として恋人として、この儚い黒猫を)
「ほれ」
「……ありがとうございます」
――野営地、モーゼスのテント。
ぽふっ、と乾いたタオルをジェイの頭に投げ付けて、モーゼスもそれとは違うタオルで濡れた頭を拭く。
「いやぁ、偶然じゃったの。まさかワレがあがあな場所におったなんて」
ワレの家に行く手間が省けたわ、とクカカ、とモーゼスは笑う。ジェイはそんなモーゼスに馬鹿ですね、と悪態を吐くが何時もより覇気が無かった。
「ほれ。ワイのじゃが、びしょびしょのそれ着るよりマシじゃろ」
「……服なんて持ってたんですね、貴方」
「どういう意味じゃ、それ」
ぽん、と箪笥からTシャツを取り出してジェイに渡したら、失礼な発言をされ、モーゼスは眉をしかめる。
――失礼な。自分だって服くらい持っている。
少し拗ねた様子のモーゼスにジェイはそのままの意味ですよ、とくすくすと笑いながらも、着替え始める。
話している内に、先ほどより幾分か落ち着いたのか肌の色も表情(かお)も普段の彼と余り変わらない程には回復したようだった。
心外なジェイの発言は腑に落ちないものの、それでも彼の調子を取り戻し始めている事にモーゼスは自身もTシャツに着替えつつ、安堵の溜め息を吐く。
「モーゼスさん」
「何じゃ?」
「いえ、貴方が服を着てるなんて……どうしてでしょうね、服を着ているのは正しい筈なのに……」
「ほーぉ?喧嘩売っとるんか、ワレ」
「あはは。やだなぁ、売ってませんよそんなもの。――それよりも」
モーゼスのTシャツ――ジェイには余程大きいのだろう、肩は剥き出しで丈もワンピースのように長い――に着替え終わり、自分をまじまじと見て、またも失礼な発言をしてくるジェイを思わずモーゼスはむぅと不機嫌な表情を浮かべる。
そんな彼にジェイはにっこりと作り笑顔を浮かべながら近寄る。
「おわっ!んっ、」
どんっ、とジェイは着替え終わったばかりの彼を押し倒し、唇を強引に奪った。
「はっ……」
口付けが終わり、二人の唇が離れる。
ぺろり、とジェイは離れたばかりの自らの唇を舐め、妖艶な表情を浮かべてモーゼスを見下ろした。
それは先程の作り笑顔とは一変して壮絶な色気を放っていたが、モーゼスは直感的に先程のもの(表情)と今のもの(表情)が同じものであると思った。
「――シません?折角二人っきりですし」
「……珍しいの、ワレからなんて」
「今日はそんな気分なんですよ」
――嘘だ。
妖艶な表情に隠された違和感がそれが偽りである事を肯定している。
しかしモーゼスは彼の嘘に騙されてやろうと思った。
ジェイの様子が可笑しい時は高確率で過去が関与している。それは、ジェイが忍だったと告げられた時から分かっている事だ。
忍時代の彼の心の傷(トラウマ)は大きく、8年の月日が経っている今でさえも彼は過去に苦しめられている。
彼の心の傷(罪)は永遠に消える事は無い。言わば刺青のようなものだった。
罪を消してあげる事は自分には出来ない。過去は戻らないのだから。
だけど、支えてやる事は出来る。仲間として、恋人として彼の傍にいて支えてやる事は。
「ほうか。なら遠慮はいらんな」
にやりと笑みを浮かべてモーゼスはジェイの頭を押さえ、今度は自分から深く口付けた。
(せめて雨が降り止むまでは)
(彼の嘘に騙されてやろう。だから、)
(だからそんな泣きそうな顔をしないで)
End?