山賊×情報屋

□距離
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「ジェイちゃんは、優しいのねぇ」

のんびりとした口調で、されど総てを見透かしたようなグリューネの発言に、先程のジェイの発言で頭に血が上っていたモーゼスは愕然と目を見開いた。

場所は静かの大地。静寂で溢れているこの場所で、モーゼスたちは先刻、口論を繰り広げた。

―――口論の原因は、自分がメルネスもといシャーリィ・フェンネスを殺す、そうジェイがモーゼスたちに言い放ったからだ。


『ワレの血は氷で出来てるんと違うか』

冷酷非道とも取れるジェイの態度に、苛立ってしまい冷たく言い放ったモーゼスなりの精一杯の皮肉。

その皮肉に動揺する事も無く冷静に受け止めたジェイ。その表情は笑顔で余計モーゼスの苛立ちを煽るものとなった。

「だって誰だって嫌なものは嫌だもの。だからジェイちゃん、自分がやるって言ったのよねぇ」

グリューネの言葉一句一句がモーゼスの胸に応えり、あんなに熱く煮え滾っていた頭が急激に冷えていく。
 ――そして、改めて冷静になった頭で先刻の出来事を思い返してみる。

『今のは馬鹿山賊にしては上出来な皮肉ですね』

あの時は興奮して気付けなかったが、確かにあの時笑顔だと思われていた少年の表情は、何時も自分に向ける揶揄するような笑みでは決して無かった

――嗚呼、どうして今気付いたのか。どうしてあの時に気付かなかったのか。

あの少年が誰よりも素直では無くて感情を決して出さないという事は、行動を共にしてまだ間も無い自分でも判っていた筈だったのに。

「っ度畜生!」

「モーすけ……」

悔しさに唇を噛み締め、モーゼスは地団駄を踏んだ。
後ろできゅうん、と親友であり相方でもあるギートと隣で一緒にグリューネの言葉を聞いていたノーマとクロエが心配そうにモーゼスを見たが、それを気にする心の余裕も今のモーゼスに無かった。


「……姉さん。すまんがちとギートを頼むわ。あのクソガキ、もういっぺん文句を言ってやらんと気が済まん」

「ちょ……待ってよ、モーすけ!クー、あたしらも行くよ!」


――辛辣かつ残酷な言葉を平気で吐く少年。
だけど、その言葉の裏には何かが必ずあって。

「(ジェー坊。ワレはなして独りで嫌な役を引き受けようとするんじゃ)」

グリューネにそう言い渡して、モーゼスは踵を返して少年の元に急ぐ。

恐らくウィルあたりはグリューネ同様に先刻のジェイの行動の裏を読んで、既に彼の元に行っているだろう。

「(ジェー坊、ワレはなして……なして、独りで抱え込もうとするんじゃ)」

ジェイは何時もそうだった。何時も、独りで遂行しようとする。

聡明で戦闘能力も非常に高いジェイ。まだ自分よりも幼いのに滅多な事では冷静さを失わない。

しかし、それはあくまでモフモフ族が関与していない場合だ。彼らが関与してくると、彼は人が変わったかのようにその強固たる冷静さを呆気無く失う。

その何処かアンバランスなジェイに、モーゼスは無自覚ながらも惹かれていた。



「(何じゃろう……やけに胸が痛いの、)」

毒舌で何時もモーゼスを揶揄する行動ばかり取るジェイだが、モーゼスが憎悪を抱いていたカッシェルを撃破してくれた事もあった。

――今、気付いた。彼は優しいが、人との接し方に不器用なのだ。

だから、独りで遂行しようとするのだ。喩え、どんなに残酷なものであっても。



「(のう、ジェー坊。ワレはワイらをそがあに信用してないんか?)」

足を進める毎に、段々と少年の姿が見えてきた。

少年の隣にはウィルがいて、二人で何かを話している。聡明な彼の事だ、先程のジェイの行動の裏の真意を判った上でジェイの元へ来たのだろう。



「(のう……、ジェー坊)」

足を進める毎に、近付く距離。

気配には敏感な少年がモーゼスたちの姿に気付く事に、時間は掛からなかった。



「……!」

モーゼスたちの姿に微かに目を見開いた少年。

無表情だったそれに微かな困惑の色が浮かんでいて、恐らく彼は懸命に感情を無にしようとしながらも、動揺しているのだと言う事が判った。


『ジェイちゃんは、優しいわねぇ』


先程のグリューネの言葉がモーゼスの脳内に響く。

モーゼスは先程の燃え滾るような感情を抱えていた事が嘘だったかのように、冷静だった。

『誰だって嫌なものは嫌だもの。だからジェイちゃん、自分がやるって言ったのよねぇ』

無表情を装いながらも、微かに動揺を隠し切れていない少年の姿が儚くて胸が痛んだ。

一歩一歩前に進み、近付く距離。
先程のような口論はもう絶対に起こらない。確証も出来ないのに、モーゼスは何故かそう確信していた。


End?
 

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