ごちゃまぜ

□光さす庭
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名無しはセラファミリー本家で庭の世話をするメイドである。名無しはひそかに、この屋敷の主人、セラファミリーの当主ラウル・セラに憧れていた。
庭仕事の最中に玄関のドアが開いた。セラと美しい女性が屋敷の中から出てきた。女性が帰るのをセラ自ら見送りに出たらしい。女性は親しげにセラの腕を取っている。名無しは仕事の手を止めて二人を見た。また違う女性だ…。セラは女癖が悪く、女をとっかえひっかえ自分の屋敷に招いていた。

「また見ていたな」
「あっ、その、」

いつの間にか女性の姿はなく、名無しのすぐ背後にセラの姿があった。

「私のことを軽蔑するか?」
「そんな、軽蔑なんてとんでもありません」

セラは庭を見渡した。

「私はこの庭が好きだ。何か胸に開いた穴が満たされたような気分になるよ。素晴らしい庭園だ」
「気に入っていただいてありがとうございます!向こうに植えられている薔薇は夏になればそれは美しく咲きますよ。ここにあるミモザも……」
「そうか」

一方的に始まった庭談義に主人は嫌な顔一つせず相槌を打ち続けた。

「庭を好きな人に悪い人はいないと思うんです。セラ様もこの庭が好きだとおっしゃりました」
「私もいい人だというのか?」
「ええ、もちろんです!ただ…」
「ただ?」
「セラ様は寂しそうです…いつもどこか満たされないといった顔をされてます…」
「そうか」

セラは笑った。

「案外お前緒ような素朴な女が私を幸せにしてくれるのかもしれないな」
「え?」
「私を満たす自信があるなら私の部屋に来い。…いや、お前は既婚者だったか」
「…夫は私に借金だけを残して失踪しました」
「そうか。お互い寂しい身だな」

名無しは庭仕事でついた土を落とすためシャワーを浴びてからセラの部屋へ向かった。



セラはいつになく苛ついた様子だった。だがクリスマス当日のその日、名無しはそれに気付くことなく、半ば浮かれ気分でセラに話しかけた。

「今夜私の家でクリスマスパーティーの準備をします。その、こんなお屋敷に住まうセラ様にはみすぼらしく感じられるかもしれませんが…」
「一人でクリスマスパーティーとは随分寂しいな」

当然セラを誘っているつもりだった名無しは驚いた。

「セラ様が来てくだされば、一人ではありません」
「はっ」

セラは鼻で笑った。

「数回寝たくらいで恋人気取りはやめろ、メイド風情が。お前などただの退屈しのぎにすぎない。お前をからかっていただけだ。何をその気になっているんだ。ハハハハハハ!」
「セラ様は…セラ様は本当に寂しい人です…」

そう言って名無しは部屋を立ち去った。笑い終えたセラは一転悲しい表情。床へ視線を落とした。



一人分には多すぎるご馳走の並んだテーブルの前に腰かける名無し。どうせ来るわけないのに、私何してるんだろう。その時、玄関のベルが鳴った。まさかと思いいぶかしげな表情で出迎える。しかしそこにいたのは自分に借金を残して失踪した夫の姿だった。名無しは驚きのあまり息を吞んだ。

「俺が悪かった。許してくれ。借金は全部返してきた」



セラは綺麗に包装されたプレゼントを片手に名無しの家へ向かう。地図が示したのは庶民らしい温かで小さな家だった。ベルを押そうとした瞬間、中で誰かの笑い声が聞こえた。名無しは一人暮らしだ。何事かと思いドアのすぐ隣にある窓から中を覗きこんでみると、名無しが見知らぬ男と一緒に、ささやかなご馳走を囲んでクリスマスを祝っている姿が見えた。セラは激昂してプレゼントを握り潰し、屋敷に戻った。灯油を持ち出し庭に余すことなくかけてまわると火のついたライターを放り投げた。火炎はセラの背丈の何倍も立ち上り庭は激しく燃え盛った。

「何が薔薇だ。何がミモザだ。全部燃えてしまえ、何もかも!」

喜びも温もりもすべては幻。幸せなど探してもどどこにもない。セラの満たされない日々は続く。


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