ごちゃまぜ

□この世の果てで愛を唄う
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引っ越してきたばかりの名無しは自転車で周囲を散策していた。山か森か畑しかなかったが、今まで都会暮らしだった名無しには非常に新鮮な環境だった。空気も澄んでいて気持ちがいい。気の向くままに走っていたらあっという間に時間が過ぎてしまい、気付けば夕方になっていた。家の方向にしばらく自転車を走らせると川が見えてきた。高い位置に橋がかかっていて、橋には柵があるとはいえ、危険を感じ少しドキドキした。そこには同い年くらいの男の子がいた。この集落に住んでいる子だろう。都会にいたならば通り過ぎるがここは狭い集落だ。彼とはおそらく学校も同じだろう。話しかけてみようと思って自転車を止めた。

「こんばんは!」
「…?ああ」
「私先日引っ越してきたばかりの名無しっていうの。よろしくね」
「俺は神代凌牙だ」
「こんなところで何してるの?」
「妹を待っている」
「妹さん?もう日が暮れかけてるわ。真っ暗になるまでに帰ってくるといいわね」
「そうだな」

名無しは、凌牙のその声が非常に重たいものを含んでいることに気付かなかった。

次の日、全校生徒が二十人足らずの学校で、凌牙がいないか探したが見つからなかった。それで友達に昨日の出来事を話すと、

「それ、幽霊よ!」
「幽霊?」
「神代凌牙って、十年前にあの橋で事故を起こして亡くなったこの学校の生徒だよ。あの橋は神代凌牙の幽霊が現れるってもっぱらの噂なんだから」

名無しは昨日の凌牙の存在感の生々しかったことを思い出した。足はあるし透けてもいない。とても幽霊とは思えなかった。

「幽霊に会えたなんてすごいわ。でも、憑りつかれないよう気を付けてね」

本気で幽霊の存在を信じているあたり、さすが山奥の田舎だなあと名無しは思った。

学校帰りに凌牙がいた橋に行くと、また凌牙が一人佇んでいた。今日はまだ明るかったので、凌牙がとても寂しそうな瞳をしていることに、名無しは気付いた。

「凌牙」
「よお名無し。学校帰りか?」

名無しの制服姿を見てそう言う。

「学校で会えると思ったのに会えなかったから」
「俺はここから離れられねえんだ」

いかにも幽霊っぽい言葉に名無しはドキッとする。

「妹さんがいつ来るかわからないから…?」
「そうだ」
「昨日も今日も来てないの?」
「ああ。仕方のない奴だぜ」

橋の下を流れる川を見つめる凌牙の瞳は酷く寂しそうだった。

「だがあんたが来てくれるから気を紛らわせるな」
「私で良かったら話し相手になるよ。明日また来てもいい?」
「ああ。歓迎するぜ」
「ふふ、ありがとう」


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