ごちゃまぜ

□花と風鈴
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いつもの帰り道を変えたのは、特に理由があったわけではない。強いて言うなら、この暑さから逃れたくて日陰の多いこの路地に入った。しかしそんなことは明確に意識していたわけではなく、凌牙は気まぐれにいつもと違う道に入った。
普段と違う光景の中、シャラン…シャララン…と、おそらく風鈴と思われる音が聞こえてきた。流れるようなその響きは聞いているだけで涼しくなれるような繊細な音だった。音の方向を覗き込むと、その風鈴は大きな家に飾られていた。普通の風鈴と違って大きく変わった形をしていた。1メートル以上はあるだろうか、吊り下げられた多くの美しい石が風によって重なり合い、上品で美しい音を奏でていた。その家の庭もかなり広く、多くの花が植えられていて、庭との調和も申し分なかった。

「こんにちは」

美しい風鈴に耳と目を奪われていると、不意に声をかけられた。声の主はこの家に住む若い女性。窓からつっかけを履いて庭に出てきたところだった。凌牙より年上に見えるその女性は、庭に備え付きの蛇口を捻ってジョウロに水を入れ花壇に水をやった。

「うちの庭綺麗でしょ?私が毎日手入れしてるのよ」

不意に美しい女性に話しかけられた凌牙は狼狽して、しどろもどろに応えた。

「いや…俺は花じゃなく、風鈴を…」
「風鈴?これ、大切な人からもらったのよ」
「!大切な人…?」
「そう。私の婚約者からもらったの」

凌牙は鈍器で頭を殴られたような鈍い痛みを感じた。
会ったばかりの女なのに、何を考えているんだ自分は。何一つショックなことは無いではないか。
そう思っても、感情は理性に支配されることはなかった。
凌牙は家に帰りベッドに寝転んで、冷静に、あれは一目惚れだったのだと認めた。婚約者がいることにチクリと胸を痛めたが、怖いもの知らずのシャークにそんなことは関係ない。明日同じ時間、あの家の前に行ってあの人に会おう、と凌牙は決意した。明日は必ず名前を聞き出してやろうと誓った。


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