ごちゃまぜ
□美酒
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ベクター様は人間の飲食物の一つである酒がお気に召されたらしい。よく従者である私に酌を任せて酒を嗜まれている。
「おい、名無し。酒飲ませろよ」
「あ、はい」
差し出された盃に酒を足そうとしたが盃は十分に満たされていた。ベクター様の顔を見るとニヤニヤと笑っていらっしゃる。これは何か良からぬ戯れを思いついた時の顔だ。
「口移しで飲ませろ」
「えっ」
意外な言葉に私は真っ赤になる。ベクター様は私の想いを知っていながら、私をからかわれているのだ。私のことなど低級バリアンの一人としか思っていないくせに。
「二度言わせんな」
「は、はい」
しかし戯れだろうとなんだろうと愛しい方と唇を触れ合せることができるなんて勿怪の幸い。急いで盃の中身を口に含む。慣れない酒の味は美味しいとは感じられなかったが幸福はこのすぐ先にある。
「ん……」
唇を合わせている事実に最初は頭が真っ白になった。口に含ませた酒を少しずつ送り込んでいくうちに、ベクター様の唇は意外と柔らかくてとても気持ちがいい、なんて思ったりした。酒がどちらからともなく唇の端から滴り落ちる。私の胸は高鳴る。甘美で至福の時だった。
人は、いや、バリアンであっても、なぜ満足ということを知らないのだろう。願っても叶えられなかった欲求はこんな形であれ叶えられ、私の欲求は既に十分に満たされたはずなのに、一つ与えられればその次が欲しくなる。ミルクの次はクッキーが欲しくなる。私が”そうしよう”と決意すると一層に胸が高鳴った。そして私は”それ”を実行する……ああ……温かい……ベクター様のぬくもりだ……幸せ…………
「って、痛ーーーいッ!!」
「てめえふざけやがって!」
舌がヒリヒリするなんてもんじゃない。あまりの痛さに涙まで出てくる。悶絶しているとさらに顔まで殴られた。
「いたっ!」
「気持ち悪い真似すんじゃねぇ!」
「気持ち悪いとか酷っ。ちょっと舌を入れただけじゃないですかぁ」
「調子に乗りやがって…次やりやがったらこんなもんじゃすまねーからな。その舌引きちぎってやる」
「次もあるんですか!?」
私が溢れる涙もそのままに顔を輝かせると、ベクター様はニヤリと悪い笑みを浮かべられた。
「腸引き裂いて殺してやるよ」
ああ、なんてつれないのだろう。心ない人。それでも私の愛しいお方。次もきっとあるって、私信じてますからね。
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