ごちゃまぜ

□薄っぺらな嘘
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「人の身体ってわからないものね」

ベッドから上半身を起こした名無しは言った。
土気色の頬とむくんで腫れ上がった両手から、彼女が健康ではないことが容易に見て取れる。名無しは原因不明の病に冒されていた。手厚い看護にも関わらず病状は悪くなる一方だった。
最初は微熱と気怠さから始まった。ただの風邪だろうと思った。健康が取り柄だった名無しはすぐ治るだろうと高を括っていたが、治るどころか病状は悪化するばかり。さすがに只事ではないと思った名無しは病院へ通うことになったが、どんな検査をしても異常は出なかった。もはや一人で歩くのもままならなくなった頃、医師から自宅でゆっくり休むといいでしょうなどと言われた。要するに匙を投げられたのである。
しかし名無しは孤独の中で不治の病を恐れることはなかった。ベクターが常に寄り添い、自宅療養の身となった名無しに手厚い看護を施してくれたからである。
名無しは心の底からベクターを愛していた。しかしかつてのベクターはふらりと現れてはふらりといなくなる、つまりベクターにとっては遊びの関係で、決して彼から愛されているわけではない。そんな悲しい関係だったから、日々やつれ女としての魅力を失っていく自分から離れていくだろうことを以前は心の内で嘆いていた。しかしベクターは毎日寄り添ってくれた。それが意外であり、とても嬉しかった。

「心配すんじゃねえよ。直に良くなる」

ベクターは名無しのために作った朝食をサイドテーブルに置いて、名無しの頭を優しく撫でた。ベクターは毎日欠かさず栄養バランスを気にかけた手作りの料理を三食用意していた。

「ベクターがこんなに優しいなら私、いつまででも病気でいい」
「俺様はいつでも優しいだろォ?馬鹿なこと言ってないで早く食え」
「ふふ、いただきます。このお味噌汁とってもおいしい。一体どこの女に習ったの?」
「過ぎたことを責めんじゃねえ。やっと気付いたんだよ、お前がこんな風になってな。一番大事な女は名無し、お前だ。他にいやしねえってな」

その言葉に名無しはこの上ない幸せを感じた。病気の苦しさなどこの幸福感に比べればなんてことはない。
しかし一方で、医者が匙を投げどんどん悪化していく病状に、自分は助からないだろうとも思っていた。だがベクターに愛される代償と思えば安いものと名無しには思われた。

「私が死んだら悲しい?」
「考えたくもねえ」
「私より美人で心優しい女性はいくらでもいる。だから安心して逝ける」
「お前が死ぬことなんか考えたくねえって言ったのが聞こえなかったのか?」
「…ありがとう。私もほんとは死にたくなんかない。ずっとベクターと一緒にいたい」

涙が零れ落ちた。できることならベクターといつまでも一緒にいたい。しかしそれが叶わぬ夢であると思われて仕方ないのである。



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