ごちゃまぜ

□この胸の高鳴りを
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Mr.ハートランドが示した地図の座標に従いナンバーズを求め文字通り世界中を巡っていたドルベであったが、その心は暗雲が立ち込め決して晴れることはなかった。それは立て続けにナンバーズとは無関係のいわばハズレの遺跡に辿り着き貴重な時間を無駄にしてしまったためでもあるが、何より一番最初にドルベが辿り着いた……もといアストラルの飛行船に衝突し墜落した場所にあった遺跡に眠っていた英雄の伝説のためである。ドルベはバリアンとして生を受け今日に至るまであの人間界の森に埋もれた遺跡になど行ったことはない。はずであった。英雄とペガサスの伝説など今まで聞いたことがない。しかしドルベは欠けた伝説の続きを、英雄の顛末を知っていた。いや、思い出したといった方が正確だろう。自覚はなけれどもドルベは伝説の英雄本人であるのだから。しかしそれはドルベにとって認めがたいことであった。人間より遥かに高次の存在であるバリアンの自分が本当は人間であったなどと。ドルベにはバリアンとしての誇りがある。だから自分が人間だったなどと認めるわけにはいかなかった。それにドルベはすべてを思い出したわけではない。だから自分の記憶を何かの間違いだと思いたかった。しかし呼び醒まされた記憶はドルベの意志に反して、自分が英雄であったと、人間であったと訴えかけてくる。熱く悲しい感情が込み上げてくる。それらを受け入れることもできず、迷いと葛藤ばかりが心を渦巻き答えを出せぬまま、ただ無心になりたくて必死にナンバーズを求めた。しかしいくつ目の遺跡になるだろうか。数えるのも嫌になるほど無駄足を踏んでしまった。ドルベは疲れ切っていた。

そんな時である。大勢の人々で賑わう目抜き通りで、ドルベは彼女を見つけた。着飾った観光客とは明らかに違う、華やかさに欠ける格好をしている会ったこともないはずの彼女に、何故かドルベは釘付けになった。やがて正面からやってきた彼女はドルベの視線に気付いた。彼女は驚いて目を見開いた。見知らぬ男が自分を見つめ大粒の涙をポロポロと流しているのだから。男は涙を拭おうともしない。涙は頬を伝い彼のシャツを汚した。彼女は、明らかに自分を見ながら泣いている男に声をかけないわけにはいられなかった。

「どうしたの?大丈夫?」

ドルベは「いや」だの「これは」だの意味をなさない返答をしながら尚も涙を流している。

「近くに私の店があるの。そこで一休みしましょ、ね?暖かいコーヒーを飲めばきっと落ち着くわ」

ドルベは泣いている自分自身に混乱してしまっていたが、どういうわけだろうか、なんとしても彼女についていかねばならぬと強い思いに駆られ、促されるままに彼女に付いて行った。

彼女の店は目抜き通りから一つ裏通りに入ったひっそりとした路地にあった。開店準備中の札をそのままに、ドルベを陽の当たるこの店で一番人気のある席へと誘った。

「少し待ってて」

そう言ってカウンターの中に入った彼女の言う通りドルベはおとなしくソファに座り、メガネを外してまだやまぬ涙を何度も拭った。そうしているうちに心地よい香りがドルベの鼻腔をくすぐった。

「はい、コーヒーよ。うちの自慢のブレンドよ」

湯気立つ琥珀色のコーヒーを珍しいものを見るかのように――実際ドルベが実物のコーヒーを見るのは初めてだった――そして心地よい香りの誘うままにカップを口元に運んだ。絶妙な苦みと酸味のバランス。

「砂糖やミルクはいらない?」
「いや、このままでいい。美味いものだな、コーヒーというものは」
「うふふ、そう言ってもらえて嬉しいわ」

彼女はにっこりと笑った。

「私、ここの雇われ店長なんだけど、いつか自分の店を持つのが夢なのよ」
「君の腕前ならきっと叶うだろう」
「えっと、名前を聞いてもいい?私は名無し。あなたは?」
「ドルベだ」
「ドルベ君。気分はだいぶ落ち着いた?」

既にコーヒーは半分以上がなくなりいつの間にかドルベの涙も止まっていた。自分の気持ちも落ち着いていることに気付いたドルベは驚いた。名無しは無邪気に微笑んでいる。

「さっきは一体どうしたの?あたしすっかり驚いちゃったわ。体調が悪いって風でもないわよね」

ドルベは考え込むように少し間を開けた。

「私は、君にそっくりな人間に会ったことがある。前後関係やその他のことはまったく思い出せない。ただ私が思い出したのは君にそっくりなその人は崩れ落ち燃え盛る瓦礫の向こう側にいる。その人は私に向かって微笑んでいた。それを、君の顔を見て唐突に思い出して、とても悲しい気持ちになった」



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