ごちゃまぜ

□Phoebus
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ほとんど街灯のない薄暗い路地を、名無しはわき目もふらずに走っていた。必死に、ありったけの力で走っているはずなのに、後ろから凶暴に響いている靴音が先程よりも近くなっている。名無しは全速力で駆けているつもりだったが、決してそうではなかった。長い間走り続けていたせいで、また恐怖のために、ただ普通に走っている場合とは異なりあっという間に息が上がってしまい、足はガクガクと震え、真っ直ぐに走ることさえできていない有り様だった。


「キャッ!」


とうとう足をもつれさせ勢いのままに地面に突っ伏してしまった。名無しは怯えた表情で首を後ろに向けた。すぐそこには、獲物を嬲り者にしようと、刃物を持って薄笑いを浮かべている狼藉者が――いるはずだった。


「…え?」


目の前にいたのは、たった今まで名無しを追いかけまわしていた暴漢ではなく、名無しのよく見知った少年だった。


「名無しさん。大丈夫ですか?」


クラスメイトの真月零は、その場に屈み込み倒れている名無しに手を差し伸べた。


「し、真月くん…どうしてここに、」
「こんな時間にこんな場所を、女の子一人で歩いてちゃいけませんよ!危ないところだったじゃありませんか!」


驚いたことに、真月の肩越しに、あの狼藉者が倒れているのが見えた。不自然な恰好で倒れていて、微動だにしない。


「あれ…もしかして、真月くんが、」
「名無しさん、立てますか?」


真月は地面に膝をついて名無しに手を差し伸べた恰好のままだった。


「あ、ごめん…」


その手を取ったものの足に力が入らず、真月の腕の力を借りても立ち上がることができなかった。助かったことによる安心感からか、すっかり身体に力が入らなくなってしまっていた。


「どうしよう、足が動かない…」
「大丈夫です!僕に任せてください!」
「え?……えっ!?」


真月は有無を言わせる隙さえ与えず名無しを抱き上げ、そのまま走り出した。細身の身体に似つかわしくない、実に軽やかな身のこなしだった。



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