ごちゃまぜ

□砂上の楼閣
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名無しは綺麗な女だった。最初に人間界で名無しを見た時、ベクターは偽らざる気持ちで彼女のことを美しいと思った。人間界で見聞を広め様々な女を目にしたが、ついぞ名無し以上に美しいと思える女にお目にかかることはかった。


人の身を纏えばバリアンである彼らにも人間的な欲求が現れる。たとえば飢えは彼らにも深刻な危機であった。空腹を満たすために何かを食べなければならなかったが、どうせ食べるならば自身の味覚を満足させるもの、つまり美味に感じられるものを欲した。もちろん究極的には食べられれば何でもいいわけであるが、数多くある選択肢ならばより良きものを、より美味なるものを選びたい。それは彼らにもたらされた極めて人間的な欲求である。女を抱きたいと思うこともまた、ベクターにとってまったく同種の欲望であり、それ以上のものでもそれ以下のものでもなかった。


最初名無しはベクターを拒んだ。ベクターの欲望が極めて男性的であったように、名無しは極めて女性的であった。つまり、名無しは心無い交わりを良しとしなかった。だが不幸なことに、肉体的にも女性である名無しに、ベクターの暴力に抗う力はなかった。そのうちに抵抗しなければ無駄に傷付けられることはないと悟った名無しは、やがて諦観と悲愴の表情でベクターを受け入れるようになった。差し障りなく自身の欲望を満たせるようになったベクターは極めて上機嫌であった。



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