ごちゃまぜ

□花と風鈴
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女性は同じ時間に庭の手入れをする習慣があるらしい。凌牙が睨んだ通りの時間に女性は庭先に現れた。

「まあ、また来てくれたの?」

凌牙の姿を認めると、女性は嬉しそうに目を細めた。

「ここは風鈴や花壇が綺麗だから…また見たくなって…」

正直なところ凌牙は花には興味なかった。ただ目の前の女性の歓心を買いたくて嘘を吐いた。実際に女性は嬉しそうににっこりと笑った。

「ここは私の自慢の場所だから、いつでも見に来てくれていいわよ」
「その風鈴もか…?」
「もちろんよ」

凌牙は美しい風鈴を愛でていたが、女性にとっては婚約者からのプレゼント。それを自慢の一品と言われるのは、とても複雑な気分にさせられた。
女性が庭の手入れをしている間、凌牙は彼女の気を引こうとデュエルの話や妹の話を続けた。

「デュエルはやらないからわからないけど、妹さんがいるって羨ましいわ。私一人っ子なのよ。やっぱり兄弟っていいもの?」
「氷みたいな妹だぜ」
「さっきまでの話ぶりと全然違うこと言うのね。きっと超がつくほど仲良しに違いないわ」
「どうだかな」

ここでチャンスが巡ってきたとばかりに、

「妹の名前は璃緒だ」

この流れなら自分たちが自己紹介し合ってもおかしくない。

「俺は凌牙。名前が似てるってよく言われるぜ」
「そうなの」
「あんたの…あんたの名前は?」
「名無しよ。苗字は玄関にかかってるから知ってるでしょ?」
「ああ。それじゃあもう行くぜ。じゃあな、名無し」

とりあえず目的は果たした。彼女に…名無しに一歩近付いた気がした。少し歩いて振り返ると名無しはこちらに背を向けて花壇の手入れをしていた。少し寂しい気もしたが、風鈴がシャランシャランと美しい音を奏でるのでそれで満足することにした。
名無し、名無し、名無し。口の中で何度も名無しの名前を繰り返す。美しい風鈴が似合う美しい名無しにふさわしい名前だと思った。

それから毎日のように名無しの家の前に通うようになった。いろいろな話をしたが学校の話はあまりしなかった。もう高校を卒業して結婚を待つだけの寂しい生活を送る名無しはしきりに学校の話を聞きたがったが、サボリ魔だと知られたら嫌われるかもしれないし、嘘を吐いて優等生のフリをするのも気が引けた。ただ年下の友人たちの話はよくした。これは名無しを大層喜ばせた。だが話が名無しの番になると凌牙は興味津々な一方、傷付くことも多かった。名無しの話題の中心は彼女の婚約者で、いつどこでデートしただとかいかに素晴らしく尊敬できる人柄かなどを聞かされ、辛かった。しかし、辛ければ辛いほどに、いつか奪い取ってやる。そんな気持ちが凌牙の中で煮え滾っていた。


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