ごちゃまぜ

□暗殺者の憂鬱
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もう召し出されることもないだろうと思っていたのに、ベクターは名無しに執心の様子である。それは愛情からくるものなどではなく、名無しの従順さを試しからからい嘲るためである。「名無しちゃん。名無しちゃん。しっかり憶えてやったよ。ヒヒ」と嫌味を飛ばし「今日は早くお前に会いたくて堪らなかった」などと心にもない言葉でからかう。笑顔で受け流すのは名無しにとって辛いことであった。それをわかった上で名無しをベクターは虐めるのだ。だがある日、ベクターは突然真面目な顔をしてこう告げた。


「名無し。お前を妃とする」


また王の過ぎた戯れか。何度も繰り返された言葉だ。最初はそう思った。しかし王は、熱っぽい、焦がすような視線に向けている。今までに見たことのない表情だった。心臓をギュッと握られたように胸が痛んだ。しかし、またからかわれているのだ、そう自分に言い聞かせ、名無しは無理に笑顔を作ってかわそうとした。


「お戯れを」
「戯れじゃねえ。本気でお前を妃にしたいって言ってんだよ」


鼓動が高鳴る。この狂った男のそばにずっといることになれば、暗殺などどうとでもなるのではあるまいか。たとえば、王をどこかに孤立させるよう誘導するなど、妃であれば可能かもしれない。しかし、尻込みしているわけではなく、自分でも理由がわからないがこの男をなんとしても殺したくない。矛盾した想いが胸の中をグルグルと巡っていた。

とにかく、何を言われても逆らうことは不可能な身である。


「まさか嫌とは言わねえよなァ?」
「すべてはベクター様の御心のままに」
「明日早々に布告する。このベクター様が妃を迎えるとな」
「ありがたき幸せに存じます」


こうして婚礼の準備が着々と進んでいった。やはり名無しの後見人たちは諸手を挙げて喜んだ。妃の立場を利用すれば王を護衛から孤立させ暗殺も容易に行えるはずだと考えたのだ。これまで王の寵愛を受けながらいつまでも行動を起こさない名無しは怠慢だと責め、まさかあの狂王にほだされ寝返ったのではあるまいかと疑ってさえいた者たちもこれをチャンスと捉えた。



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