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□夢の中の夢
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優しく髪を撫でられ、重なる唇。


それは朧気な月が見せた幻想。

春の夜の冷たい風が私の髪を揺らしているだけ。

シカマルを見送ったあの日、膨らんでいなかった蕾も今は満開の花を咲かせている。




「泣くなよ…」


長いキスの後、私の頬を伝う涙を拭うシカマルの細く長い指。
私の両頬を包んでくれる大きな手の平。

火照る頬をひんやりと冷やしてくれる白く綺麗な手。


「いつ帰れるの?」


不安げに問う私を見つめるシカマルの顔は、みるみるうちに曇っていった。


「いつとは言えねー。つーか…最悪帰れねーかも」


頬を包んでくれていたシカマルの手を私の涙が濡らした。


「期待させるような事は言えねーから…悪ぃ」


いつもなら笑って頷けるシカマルらしい答えが、その時の私にはとてつもなく冷たく感じられ、涙が止まらなかった。




忍界大戦が始まるらしい。
そんな話が里に広まり始めたのは最近。

忍ではない私でも、忍界大戦がどんなものなのかは想像出来た。
そして、その戦争にシカマルも行くであろう事も。


覚悟はしていた。
けれど、いざシカマルの口から「帰って来れないかも」なんて聞いてしまったら、そんな覚悟なんて脆く崩れ落ちてしまった。

「行かないで」言いたいけれど、言えないもどかしさから涙は止まる事なく溢れていく。

笑って見送らなければ。
そう思い作った笑顔はぎこちなく、余計にシカマルの顔を曇らせてしまった。


「ダメだね私。シカマルの彼女失格…かな」

「そんなことねーよ」


落ち込んだ私をシカマルは、強く抱き締めてくれた。

頬を包んでくれた手はあんなに冷たかったのに、抱き締めてくれる体はこんなにも温かい。

聞こえたシカマルの鼓動が、「必ず帰ってくる」私にはそう聞こえた。


「待ってるから」


呟いた私の言葉に、シカマルが頷いているのが分かった。

シカマルの腕の中、見上げた空には丸い月が朧気に輝いていた。




そう、私は待っている。
今でも待っているんだよ。



いつの間に眠っていたのか、目を覚ませば辺りは真っ暗になっていた。


「やだ。私こんなとこで寝ちゃってた」


太陽はいつの間にか月に変わって、吹く風も昼間の暖かさはなくなっていた。


「早く帰らないと。風邪ひいちゃう」


震えながら見上げた空には朧気な月。

この月、シカマルも見てるかな

思い出せば切なくなると分かっているのに、思い出してしまう。

寂しさを振り払うように桜の木に背を向けた時、背中に気配を感じた。

振り向くより早く背後から抱き締められ、その温もりが私に安堵感を与えた。


「こんな時間に出歩いて、風邪ひくだろ」


耳慣れた声は間違いなく…
私は恐る恐る名前を呟いてみた。


「…シカマル?」

「待たせちまったな」


体に回された腕を力強く握り締めれば、ここに間違いなくシカマルがいる事を実感出来た。

正面を向き改めて見たシカマルは、前よりも逞しくなっていた。


「おかえりなさい」


照れ臭そうに頭を掻く変わらない仕草が嬉しくて、私はシカマルの胸に飛びこんだ。

静かな春の夜。
きつく抱き締められ、私の耳に届くのは、風が満開の桜を揺らす音とシカマルの鼓動だけ。


短いキスの後、はにかんだように笑ったシカマルは自分の体を預けるように私に抱き付いた。


「なんかすげー疲れちまった」


そう呟いた後、そのまま寝息をたて始めたシカマル。

無理に起こす事も出来ず、私は肩に乗ったシカマルの頭を優しく撫で続けた。

幸せって、きっとこういう事なのかもしれない

桜の香りを含んだ風が、私達を優しく包み、聞こえる寝息は穏やかで…

穏…やか?

寝息はいつの間にか途絶えていた。

寝ているはずのシカマルの重みは、段々と増しているかのようにズシリのしかかって来る。


「シカマル?ねぇ」


慌てて揺すった体は地面へと倒れ、生気なくごろり転がった。

転がった体を何度も揺すっても、返事どころか目を覚ます気配さえもない。

これはきっと悪い夢。
そう言い聞かせながら、名前を呼び続けた。


「シカマル。ねぇ、シカマルー!」


必死に叫びながら遠退いていく意識。





うなされながら目を開けると、そこはいつもの自分の部屋。

開けっ放しだった窓から見えた、朧気に浮かぶ月にぼんやりと照らし出された桜の木。

あるはずのない温もりを感じ隣を見れば、そこにはシカマルの姿。

両手をそっとシカマルの頬に当て、その温もりを何度も確認していると、眠っていたシカマルが目を覚ましてしまった。


「何寝ぼけてんだよ」

「…だって」


口ごもる私の体は引き寄せられ、すっぽりとシカマルの胸に包まれた。



夢の中の

これもまた春の月が見せた夢かもしれない

夢でもいい

夢ならこのまま覚めないで


一人ぼっちの目覚めは寂しすぎるから…



end

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