短編A

□ここあ
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「ねぇ、鬼鮫」


少し前を歩く大きな背中に呼びかければ、すぐに振り向いてくれる。


「なんですか?」


お互いの会社の中間地点にある駅で待ち合わせをして歩く事数十分。

今日はバレンタインデー。
鬼鮫へのチョコとプレゼントは、もう随分前に用意していたけれど、赤やピンクのハートに彩られたいろんなお店は見ているだけで楽しそうで、ちょっとだけ寄り道をねだってみた。

答えはもちろんイエス。

渋々ながらも私の望みを無碍にはしないところも鬼鮫の大好きなところの一つ。

日が暮れ始め、ショウウィンドゥの光が輝き始めると、余計に私の心は弾んだ。


でも、それだけじゃない。


こんなにも楽しいのはきっと、隣に鬼鮫がいてくれるから。


冷たい北風が吹き抜け、寒さに縮こまる私を鬼鮫が呆れたように笑う。

差し出された大きな手。


「そろそろ帰りますか」


私はその手をしっかりと掴み、頷きながらぴったりと鬼鮫の体にくっついた。


「歩きにくいですよ」

「だって、こうした方があったかいでしょ」


見上げた鬼鮫の頬は少し赤く染まっていた。

そんな鬼鮫がたまらなく愛おしくて、私は更に体を密着させる。


「転びますよ」

「大丈夫、大丈夫」




恋とか好きって、正直全く分からなくてドラマみたいなお洒落な恋ばかり追い求めていた。


でも、今ははっきりと分かる。


ただ隣にいてくれるだけで体も心も温かくなっていく。

手を繋げばもっと体は温まり、笑顔を見れば心はもっとあったかくなる。
だからもっとあったかくなりたくて近くにいたくなる。


好きってきっとこんな事。
恋ってきっとこういう事。

鬼鮫と出会って初めて知った。




雪が舞い始めた空を見上げると、ビルの壁面の街頭ビジョンに映し出されたCMに目が止まった。


暖かそうな暖炉の前でココアを飲む親子。

「体も心もぽかぽかだね」

有名な子役の女の子がにっこり微笑みかける。



見ているだけでココアが飲みたくなるようなそのCMを見て、私は思いついた。


「ココアって漢字でどう書くか知ってる?」

「ココアを漢字で…ですか?」


頷く私に首を傾げる鬼鮫。





私はその二文字を鬼鮫の大きな手の平に指でなぞった。


「心が温まるでココアですか。なるほど上手いですね」


そう、心が温まるでココア。
でもそれは今見てるCMのココアなんかじゃなくて…

私にとっての心温は、鬼鮫。あなただよ。


あなたの全てが私をいつも暖めてくれる。

悲しい時も凹んだ時も、あなたが隣にいてくれれば私はずっと元気でいられる。


「どうしたんですか?ニヤニヤして」

「ううん。なんでもない」




この冬一番の寒さを記録したバレンタインデー。


「ねぇ、鬼鮫」


私の呼びかけに鬼鮫はやっぱり少し呆れながらも笑顔で振り向く。



今日は家に帰って温かいココアを二人で飲もう。
浮かべたマシュマロは、きっと綺麗なハートの形に溶けていくはず。

バレンタインのチョコとプレゼントはその後で…ね。


end

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