短編A
□十六夜の月
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カーテンの隙間から射し込む月明かりで目が覚めた。
隣にあるはずの温もりがない事に気づき慌ててベッドから起き上がると、ソファーに座る人影が肩を揺らして笑い出した。
「そんなに慌てなくても私はここですよ」
振り向いた穏やかな笑顔に私はホッと胸をなで下ろす。
「鬼鮫…そこにいたんだ」
近くにあったバスタオルを体に巻き、鬼鮫の隣に座った私はひんやりした皮のソファーに思わず体を跳ね上げた。
その様子を鬼鮫は、くつくつと喉の奥を低く鳴らして笑う。
「そこでは体が冷えるでしょう」
軽々と抱え上げられた私の体は、すっぽりと鬼鮫の膝の上に収まった。
私は鬼鮫の首に腕を回し、ぎゅっと抱き締めた。
行きずりの関係、そんな言葉が似合いの私達。
こんなに長く続くとは思っていなかった。
どこから来たのか、何をしているのか、それさえも今はどうでもいいくらいに私は鬼鮫を愛してしまった。
正体不明の彼、いつか私の前からいなくなってしまうんじゃないか、そんな不安がいつも私につきまとう。
「どこにも行かないで…」
私の囁きに応えるように、鬼鮫の逞しい腕が私の体を包んでくれる。
首筋を這う舌のザラリとした感触に、私の体はピクリと反応する。
「こんな格好で…まだ抱かれ足りないんですか?」
意地悪な笑みを浮かべた鬼鮫は、彼の上に座ったままの私の体からタオルをするりと外した。
そして慈愛に満ちた笑みを私に向けたかと思うと、露わになった胸の谷間に顔を埋めて行く。
「私にはもう、行く場所はありません…」
憂うように呟いた鬼鮫の目尻にキラリ光るものを見つけた。
「鬼鮫…泣いてるの?」
心配する私の頬を包む温かい大きな手。
何事もなかったかのように、鬼鮫は私に微笑みかけると、唇に軽く触れるだけのキスを交わす。
「きっと私は生きていけないでしょう…アナタが傍にいなければ…」
鬼鮫の言葉に胸が締め付けられる。
私を抱き締める腕の力は、今までに感じた事がないくらいに力強かった。
私の体を抱き締める腕の力も、胸を締め付ける言葉もどちらもけして苦しい訳じゃなく、嬉しかった。
言葉に出来ない程のこの嬉しさを鬼鮫に伝えたくて…
気付けば私は、鬼鮫の唇を激しく貪っていた。
挑発的とも思える私からのキスに応えるように、鬼鮫の手が私の肌の上を蠢き始める。
「やはり、抱かれ足りなかったみたいですね」
ソファーの上で妖艶に揺れる二人の体。
そんな二人を窓から覗く十六夜の月は静かに見ていた。
end