gift。

□瞬間
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「らっしゃい」


こじんまりしたお店の扉を開くと迎えてくれる声。

カウンターの前のガラスケースに並んでいるのは、新鮮な魚達。


「久しぶりだね。今日も自分へのご褒美かい?」


お寿司といえば回転寿司が定番だった私が、初めて回らないお寿司を食べたのは社会人になってから。
上司に連れて来てもらったこのお店が、今では私の行きつけ。

とは言っても、しょっちゅう通える程の高給取りではない私がここに来るのは何ヶ月かに一回、頑張った自分へのご褒美として。

そんなごくたまにしか現れない私でも、ここの大将は顔を覚えていてくれて気軽に声を掛けてくれる。

愚痴ばっかりの私の話を黙って最後まで聞いてくれて、多くはないけれど時には優しく時には厳しい言葉を掛けてくれる。

私がここに通う一番の理由はそれだった。
もちろん、美味しいお寿司が食べられるってのもあるけれど。


でも今日はいつものご褒美とはちょっと違う。

私にとって一年に一度の特別な日。




「今日誕生日なんです…私」


少し照れながら、私はカウンターの向こうの大将に言った。


「おぉ、そりゃあおめでたい」

「一人で誕生日なんて、寂しいんですけどね」

「まぁ、そう焦りなさんな。その内いい男が現れるさ」

「だといいんですけど」


いい男が現れるような兆しさえない今の自分の状況に自然と苦笑いが浮かぶ。

カウンター席に腰掛けたところで、板場に見掛けない顔がある事に初めて気が付いた。

板場の奥で黙々と魚をおろすその姿は、誰かに似ている。


「今日もおまかせでいいかい?」

「あ…はい。大将、あの人」


遠慮がちに奥の人を指差せば、大将は直ぐに答えてくれた。


「あぁ息子ですよ。余所の店で修行してたのが、やっと戻って来てね。おい、シカマル挨拶」


その答えに納得。
似ていると思ったのは、今目の前にいる大将にだったんだ。
愛想こそはないものの、その他は全てそっくり。

大将に言われて、やっとこちらに目をやったシカマルと呼ばれる彼は、「どーも」一言だけ言うと小さく会釈してまた手元に視線を戻してしまった。


それから大将と話しながらも、カウンターの奥の彼が気になってしようがない私は、気付けばついちらちらと彼を目で追っていた。

たまに視線が合っても無表情のまま、彼は直ぐに視線を逸らしてしまう。

でも気になる私は、また彼を目で追う。

そんな事を繰り返していたら、お店の閉店時間が近付いていた。




「ご馳走様でした」


お気に入りのお店での久しぶりのお酒に楽しくなり、いつにも増して長居してしまった。


店を出ようと軽やかに席を立ったつもりが、飲み過ぎて軽やかになりきれない足がついて行けずもつれそうになる。


「大丈夫かい?」

「大丈夫です。ちょっと飲み過ぎちゃったかな」


赤い顔でへらへら笑いながら扉を開くと、外は雨が降り。

幸い小降りだし、酔い醒ましには丁度良いと、傘もない私はそのまま駅まで歩く事にした。


「お客さん!」


店を出て二、三歩歩いたところで聞こえた声。
振り向けば、ビニール傘をさして私を追い掛けて来る人がいた。


「あ…」


段々と近付いて来るその人を見た瞬間、私の心臓は小さく跳ねた。


「オヤジが送ってけってうるせーから。つーか、ちょっと遅かったっスね。濡れちまってる」

「酔い醒ましに濡れて帰ろうかな…なんて。小降りだし」


ヘヘッと笑う私に小さなビニール傘を差し掛ければ、当たり前だけれど傘からはみ出した彼の肩を雨がしっとりと濡らし始める。

それがなんだか申し訳なくて、私は傘から飛び出した。


「大丈夫。駅まで歩けば、あとは電車だから」


颯爽と走り去るつもりが、酔っている私の足は情けないくらいにおぼつかず、倒れそうになった私を受け止めてくれたのは彼だった。


「…あ、ごめん」

「やっぱ送りますよ。じゃねーとオヤジにどやされちまう。それに、その足取りじゃ家まで帰れるか心配でしようがねーし」


こんな状態で断る事も出来ず「お願いします」私は小さく頭を下げた。


小さな傘の中、歩けば触れる肩。
その度に私の胸はざわめいた。


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