【ほくろ談義@】



ある日の風呂上がり、土方領にて。

文机に貼りついている彼の正面では、たった今湯浴みを済ませたばかりの眞子が、几帳面に夜具を整えている。

それが終われば、今度は部屋の隅に置かれた姿見の前に座って。

首や胸もと、ふくらはぎやかかとにまで丹念に塗り込んでいるのは、お馴染みの椿油。





「んー……」

明るさの足りない室内で鏡に映った自分を食い入るように覗きこみ、右へ左へ首を傾げている。

ほんのり色づいているであろう首筋から肩へと続くなだらかな曲線を、薄い闇がぼんやりと浮かびあがらせて。


書状の文字を追っていた視線を止め、その無防備な後ろ姿をちらりと盗み見ていた土方。

今宵も、悲劇的なまでの仕事量をこなしていた。





「うーん……」

『さっきから何だよ?』

「あ、ごめんなさい。お構い無く」

『いくら鏡見てたって、胸はでかくなんねーぞ?』

「知ってますから」

手を休めた土方の、小休止という名の眞子いじりは、今日も絶好調。

妙に絡んでくるのは、疲労とイライラの証なのか。





『残念な現実突きつけられて、余計落ち込むだけだぜ』

「夢見る年頃は過ぎたんで大丈夫ですから。ホント、お気になさらないで?お兄さま」

『お、遂に開き直りか?』

「人間、あきらめることも覚えないと」

こめかみをヒクつかせながらも、振り返った時には満面の作り笑い。

笑顔にそぐわない低く凄むような声は、この際仕方ないだろう。





『だがよ、仕事も胸も、手応えは大事だぜ?』

「脱いだらさほどでもない、ってこともありますからね」

『その点おまえは、細工も意外性もねぇからな。予想を裏切らない見たまんま。落差なしの正直者だよな』

「……むかつく」

『誉めてんだぜ?気にすんなよ』

(ウザッ)





いじられるのは日課みたいなものだから、もう慣れたもの。

心中で毒づくも、いちいち目くじらたてることもない。

挑んだところで歯が立たないのもわかってるから、グッと堪える眞子だった。





『ふん、まぁいいや。どした?』

「……ほくろ」

『あ?』

「ここ……唇の右下。こんなの、無かったのに」

首だけ捻った眞子が、唇から右に少し下りた辺りを指差して言う。

斜め後方から目にするその仕草が妙に色っぽくて、土方は、コホンとひとつ咳ばらいをしてみせた。





『気のせいじゃねーのか?』

「さすがのわたしでも、無かったものが現れたら普通に気づきますけど」

『はは』

(笑われちゃったし)





カタリ。

筆を置く音の直後、ふわりと気配が動く。

次の瞬間にはすぐ後ろに土方がいて、反射的にふり向いた眞子は、少しだけ驚いたように目を見開いた。





『見せてみ?』

「あ」

強引に顔を持ち上げられて見つめ合うと、突如として甘く傾いた空気にたじろぐ。

かたや意にも介さない土方は、その長い指で目もとにかかった半乾きの髪を掬った。


澄んだ瞳が優しく細められていて、更に美貌を引き立たせる。

咄嗟に視線を落としたら、今度は緩めに着つけた胸もとから覗く鎖骨と喉仏が、萌えスイッチを直撃。

やや怯むくらいの至近距離で見つめられたら、再起不能の大打撃は必至だった。





(もうっ!いつだって突然なんだから!)

心の準備を与えない接近に暴れる鼓動は届かずとも、一気に赤みが差した頬は隠せない。

ひとつひとつのパーツを確かめるように辿っていた視線が、その一ヶ所で停止した。





『……ふーん』

「な、なんですか?」

『卑猥だな』

「は?」

頓狂な声で聞き返した眞子に、にやりと唇を持ち上げて見せる。


『唇の下のほくろって、妙にやらしくねえ?』

「そ……でしょうか」

『あぁ』

大人の色気を振りまく歩くフェロモンの貴方に言われたくない、とは敢えて言うまい。





『眉のほくろは水難、臍の上は大器晩成……だったか』

「へぇ〜じゃ、ここは?」

『【憐れな貧乳】?あ、いや、【うすら馬鹿】だったかな』

「は!じゃあ土方さんの……その首のほくろは【卑怯者】かしら?あ、【変態】かな?」

『あん?【うすら馬鹿の貧乳に苦労させられる相】の間違いじゃねーか?』

あまりの言い種についに開戦するも、やっぱり敵うはずがなくて。


「明日からは、お茶に生姜のすりおろし混ぜときます。本気ですよ?」

悔し紛れにそう吐き捨てたら、

『真に受けんなよ、救いようのない馬鹿め』

事もなげに一蹴された。





言い負かされてふてくされた眞子を一瞥して、どこか満足げに立ち上がった土方。

短い休憩の終わりを告げ、静かに定位置へと帰ると、書類とのにらめっこを再開した。





(なんなのよ!言いたい放題言ってくれちゃって!)

離れた場所からたっぷり恨みを込めて睨んでみても、さっきまでの甘さなど欠片も残さない真剣な眼差しは、眞子を映すことなく文字だけを追っている。

たった数歩の隔たりなのに、同じ空間にいるのにきっと、もう自分のことは頭の隅にもないだろう。


明確すぎる脱力モードと仕事モード。

いつものことながら、切り替えの速さには心底脱帽する。





(さんざんからかってリフレッシュしたら、もう用なしだもんね)

無意識に、唇を割って漏れたため息。


だのに、キリッと引き締まった表情にはつい見とれてしまうんだから、悔しいったらない。

未だ高鳴る胸を無理やり押さえ、眞子はそっと部屋を出た。





【拍手、ありがとうございます】






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