小休止


□夏祭り【R-18】
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【夏祭り@】


一週間ほど前から、軒下に揺れるテルテル坊主。

最初は気にも留めなかったけれど、日を追うごとに数を増して、今じゃところ狭しとひしめき合っている。

適当に懐紙を丸めて適当に半紙でくるんだところへ、殴り書きのヘのへのもへじ。

中には点が三つだけ、なんて手抜きの極みみたいなものもある。

即席でこしらえた感がぷんぷんの、無骨でいびつな代物だ。

おびただしい数に膨れ上がったそれらが、降り続く雨に濡れて墨が滲んだその表情は、何だかおどろおどろしい。


どうしたんですか?これ、と隊士のひとりに聞いてみたら、あからさまに目をそらされ言葉を濁してしまった。

何となくいやーな感じを抱きつつも、日々の忙しさにかまけて意識の外に追いやってきた。





祭りがある、と聞いたのは、よりによって当日の朝だった。

しかもそれは、「良縁と子宝を願う女子のための儀式」と銘打ってはいるが、要は気に入った男と懇ろになるための千載一遇の好機。

神聖な神社の境内で一斉に灯りを落としたら、終幕の花火が打ち上げられるまでの半刻、発情した雌猫の如く男に股がり×××(←自主規制)

この日ばかりは身分もお家柄も関係ない、もちろん誰のお咎めもなしという、いわば地域公認の「逆ナン」的なけしからん祭り。


開催時期は梅雨の真っただ中だから、まともに執り行われるのは5〜6年に1度あればいいという、極めて難易度高めの伝説的な祭り。

でも、女の子にとっては願ってもないチャンスなわけで。

普段は控えめな京雀たちも、この日ばかりは堂々と目当ての男を求め、男たちもそれに誠心誠意応えるのが習わしだとか。





な、な、な、なんたる破廉恥!

例の隊士さんが、きまり悪そうに頭を掻いてお茶を濁したのはそういう訳だったのか…と妙に納得。





きらびやかに着飾って、屯所周辺に群がる大半の女子のお目当ては土方さん。

少しでも自分をアピールしてより印象付けようと、それぞれが涙ぐましい努力を重ねているのがよくわかる。


そんな熱視線を気にするふうでもなく黙々と水を浴びて、念入りに爪も整えている後ろ姿はしかし、今にも歌い出しそうに見えるのはきっと、気のせいではない。

「女の肌に傷つけちまったら悪ぃからな」

な〜んて、まあずいぶんとお優しいことで。

てゆうか、参加する気満々みたいですね。





すでに昨日取ってしまった休みを「チェンジで」なんてできるはずもなく。

チェンジしたからって参加する勇気もないけれど。





「わざわざ出向かなくたって、土方さんみたいな色男ならいくらでも女の子が寄ってくるでしょ?他の男の人の邪魔になりません?」

「まあな」

「だったらここは……」

「けどよ、女から熱烈に誘われるってのもいいもんだろ」


男の浪漫だよな、横一列に並べて……

顎を撫でながら、淫靡な妄想を繰り広げる色男。





「最後まで言わなくていいです!」


むしろ言わないで!悲しくなるから。

あなたを引き留めようなどと、いちるの望みを賭けて試みたわたしが馬鹿でした!

世界で一番馬鹿でしたっ!





ピシャリと遮った眞子は、不機嫌丸出しの顔を極限までしかめると、

「汗臭いと嫌われちゃいますから、いま新しいお着物持ってまいりますね」

ばか丁寧にお辞儀をしてズカズカとその場を立ち去った。

まだ時間じゃねーよ、という土方のつぶやきは、その背中には届かない。







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