小休止


□賭けるな危険【理知らずルート】
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男と女の愛憎劇に端を発した些細なやりとりは、高校生活最後の体育祭と見まがう勢いでヒートアップ。

所詮は頓所内に限られた規模の小さな話なのにこれほどまでに熱くなるのは、女としての意地と、勢いづいて口にした戦利品のために他ならない。


いざ蓋を開けてみたら期待はことごとく裏切られ、予想していたのとは180度異なる結果となった。

認めたくないけれど、無念の完敗。

言い出した手前、投げ出すことなどできないから、勝者の要求が易しいものであることを願うしかない。


祈るような気持ちで隣を見やれば、片眉を上げて余裕の笑み。

嫌な予感しかしないのはなぜだろう。







◆◇◆







夕餉の頃、広間では件のやりとりを聞きつけた隊士たちが、「お疲れさま」「残念だったね」……外野の気楽さからか、わいのわいのと声をかけてくる。

「男の浮気は標準装備だしな」なんて、身も蓋も無い会話が飛び交う中、

「眞子さん!」

突然名前を呼ばれて、力なく燗を運んでいた眞子を驚かせた。


見れば、耳まで真っ赤に染めあげた若い隊士のひとりがすっくと立ち上がり、

「誰が何と言っても、自分は一穴(イッケツ)主義っス!」

胸を張ってそう宣言した。


盆を抱えたままの眞子は、言葉の意味がわからず一瞬ぽかんとしたけれど……

ニュアンス的に自分の味方と判断した途端に目を輝かせた。





「自分は一途なんで、他の女には見向きもしないんス」

「へえ……」

さすがです、素敵です、理想的です……と訳のわからないまま褒めちぎったら、なぜか隊士は頬を赤らめる。


「良かったら一杯どうっスか?眞子さんと、男と女について語り合いたいっス」

軽快なやりとりが始まると、誘われるがまま輪に加わった。

長いまつ毛に縁どられた伏し目がちの視線に捕らえられたら、場のテンションは急上昇。

それはまさしく、「掃き溜めに鶴」といったところか。







◆◇◆







初めて口にした日本酒は渇いた喉にすーっと染み渡り、眞子はほうっと目を細めてうっとりと息を吐いた。

唇を拭う仕草にたじたじになりながらも、「蔵本に出向いて直接買い付けた逸品ス」と誇らしげに説明する一穴主義。

すごく美味しいです、の言葉に鼻高々、惜しげもなくなみなみと注ぎ足してゆく。


「おーっ!見事な飲みっぷり!」

「俺の酒も飲んでくれよ!」

煮魚をつつきながら流し込む日本酒は、思った以上にクる。

頭がポーッとして目が据わり、普段は控えめ気質な眞子がやけに饒舌になった。





「わたし……男の人ってみーんな目移りするのかと思ってたから……何だか嬉しいれす……」

「何か嫌な思い出でもあるんスか?」

「……ん。何となく、だけど」

「付き合う男は慎重に選ばないと、後悔するっス。自分は眞子さんみたいな女性が傍にいてくれたら、もうなんにもいらないっスよ」

「ホントに?」

「当たり前っス」

小さなことは気にならなくなって、場の空気はかなり砕けたものになる。


となれば自然距離は縮まり、隙あらば交合に持ち込まん……と期待をこめて、勇んで口説き始めるのが男の常。

眞子を取り囲み、着物の色柄から手指のしなやかさまで、先を争うように誉めちぎる。

下心を忍ばせたわざとらしさは拭えないものの、やはり誉め言葉は嬉しいのか……

しきりに照れながらしかし、満更でもない様子ではにかむ眞子は、遠目に見てもうっとうしいほど可愛らしい。





「……」

空前の盛り上がりをみせる一部のエリアをよそに、上座で見守る土方は、気が気ではなかったのが正直なところ。

悠長に杯を傾けながらも、心の中では「その着物の下のほくろの数まで知ってるぜ」とこっそり毒づいてみせる。





「姪」だと紹介している手前、大っぴらに干渉するのは妙だし、第一眞子は許嫁でもなければ将来を約束した仲でもない。

ましてや、心中を誰にも悟らせない術を身に付けたいい大人が、女を気にして感情的になるなどあってはならないこと。

まるで恋する乙女のように、自分以外の異性との接触に胸をざわつかせたり心を乱されたり、そんな砂糖菓子のように甘ったるい軟弱な感情は、生憎と柄じゃあない。

胸中に渦巻く激情に気づかないふりをして、かろうじて無表情を貫いていられるのは、醜態を嫌う男の見栄とプライドか。


それなのに、隣から上機嫌で絡んでくる近藤に意識を向けようとしても、酒を煽って気を逸らそうとしても。

フィーバーの波が荒れ狂うその一角から目が離せない。





そうとは知らない眞子は、屈託のない笑顔を振りまき、注がれるままに杯を干してゆく。

甲高い笑い声に無性に苛立ちが募り、早く場を去るよう念を送ってみるが、ことごとくスルー。

それどころか、こちらの存在など失念してしまったかのように視線がぶつかることもない。

となれば、土方の背負う不機嫌オーラは、破竹の勢いを突っ走るばかりだった。
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