オリキャラ短編2

□終夜
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「さやか、夜、鍛練場に」

すれ違って、軽く会釈した自分の耳元で、頭領がそう囁いた。
何用ですか?
そう問う前に、頭領は部屋の中に消えていった。
声はいつものまま、明るい声だったが、私はその中に感じた違和感の正体を掴むことはできなかった。









夜。

鍛練場に頭領の姿が現れた。
正座していた私の前に静かに座った。


「さやか、お前に言わねばならないことがある」
「は、はい」

その声は穏やかであった。
しかし、重たい響きを含んでいて、私は素直に返事をするしかなかった。




「俺は、雑賀孫市の名を捨てる」
「!!・・・」

言葉を失った。
これ以上の衝撃があるだろうか。
何も言えない。
いや、何を為す事も、私にはできなかった。

「お前に、雑賀孫市の名を与える」
「!!!・・・そ、れは・・・っ」

私の反抗の言葉は静かに遮られた。
いつもの通り。





それは、雑賀衆と呼ばれ、恐れられる以前から続いてきた伝統だと、ばば様に聞いた覚えがある。

雑賀の頭領である孫市の名を名乗るには、試練がある。

其の一、一族の誰より、強くあること。
其の一、いついかなるときも、冷静であること。
其の一、現雑賀孫一の指名であること。


其の一、現雑賀孫一と戦い、現雑賀孫一を


抹殺すること。











私の目の前にいる、彼が言っていることはすなわち、

私が、彼を殺すこと


それに等しい。



「この試練を拒むことはできない」

冷たい声だ。
そう思った。
いや、実際は穏やかで、優しい声だった。
ただ、現実を飲み込もうとしない私の頭の中に、その声は無遠慮に土足で立ち入り、ぐちゃぐちゃにかき混ぜた。

嫌な汗が流れる。
がたがたと体が震えだした。

そんな私を見下すように、彼は立ち上がった。


「さぁ、来い。お前の手で、この首を掻き切ってみろ」









催眠術に掛ったように私は立ち上がった。





体が動いている。

そう思ったときにはもう、鮮やかな赤いそれが、私の体を染めているところだった。














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