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女学生お嬢様と書生の坂田さん
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女学校には将来嫁いだ先、またはお仕事で困らないようにとお裁縫の時間がある。周りのお友達は学校以外でもお祖母様やお母様や女中と密かに予習をして授業に臨んでいるのです。

かく言う私もその予習をする人の1人。
でもお友達はみんな将来の為と言って楽しそうに予習をしてくるけれど私にとってはただの苦行でしかない。

「不合格。こんなの雑巾とは言わねぇ」

「何故ですか!ちゃんと端と端はしっかり縫い付けましたよ?」

「ココ、縫えてねェ上に玉止め出来てねーんだけど?」

住み込み書生で家庭教師でもある坂田銀時さんはそう言って向かいに座る私に見えるように雑巾を広げて糸を引っ張り呆れた顔をしている。悲しいかな私はかなり不器用の部類に入っており雑巾を縫うのさえ危うい。

「玉止め……苦手なんです」

「玉止めどころか玉結びも苦手だろーが。お嬢様が玉使いこなせねェってどうよ?」

「はっ破廉恥な言い方はやめてください」

「破廉恥な方に考えてる四季が破廉恥ですぅ」

「そんな事は考えてません!もう!坂田さんは少し黙って下さい」

坂田さんはとても意地悪です。彼は父の古くからの友人の弟子らしく父が居る前ではお上手と褒めたいくらい(何匹もの)猫を被っておられます。

でも、私と2人きりでお勉強する時は覇気のない魚のようなやる気のない顔つきで言葉遣いも乱暴でおまけにお下劣で破廉恥。普段父や母、家にいる女中には見せない一面に私は毎日振り回されている。

「とりあえず真っ直ぐじゃねーが細かく縫っていくのは出来てんだ。今日は玉使いこなせるようにしようや」

学校の課題は巾着。坂田さんにそれを伝えた時とても憐れんだ顔をされたのは言うまでもありません。私だって雑巾ならなんとかできましたが巾着となると多少の技術が必要。先生から渡された図面と手解きを見聞きしただけで絶望感を感じてしまいました。

「こんな調子では課題に取り掛かるまでに一体何日かかるんでしょうね」

「まァこの調子だと何年もかかんだろうな」

「そんな亀みたいな事をやっていたら落第しちゃいます。坂田さんどうにかしなさい!」

「その亀お前えええ!!ったく不器用だったら練習して数こなすしかねーの。まずここ縫ってみろよ」

「……はーい」

そう言われてしまうとさらに焦りを感じてしまいます。坂田さんは私に鋭い返答をしてから雑巾を渡してきました。
彼の言う通り練習するしかないのです。しかも根気よく付き合ってくれるのは不本意ながら彼しか居ない。私はもう一度気合いを入れて雑巾と針を持ちました。

「出来ました」

「おっ綺麗に縫えてんじゃねーか。練習の成果が出て来てんな。そんじゃ次は「玉止めですよね!」

いつも酷いことばかり言うのに褒める時にはきちんと褒めてくださる。そんな部分を見ると少しくすぐったくて嬉しくてもっと頑張ろうと思えてしまうのです。

「さっきのしおらしさはどこ行ったんだか。そしたらまず裏面に針通せ」

今ならできる気がします。そんな私の勢いに押されたのか坂田さんは笑いながら玉止めを教え始め私も説明通り針と糸を動かしました。

「こうですよね」

「そうそう。そしたら針を斜めに当てる……ちょっと失礼すんな」

口で説明するのが億劫に感じたのか坂田さんは私の後ろに回って針と布を持つ手を握りました。手が私より大きくて骨張っている。年上の男の方に手を握られた経験が無い私は狼狽してしまいます。
そんな動揺に気づいていないのか坂田さんは手を操り人形のように動かしていきます。

「坂田さ「この針にこうやって糸巻いてくんだよ。そしたら親指で抑えながら糸を引き抜いて引っ張る」

「まだ親指離すなよ」

「は……はい」

一所懸命に覚えなければならないのに後ろに回った坂田さんが身を乗り出して話されているものだからこそばゆくてそれどころではない。今は黙って終わるのを眺めているしかない。

「通しきったら玉止めの完成……ん?どーした?」

「なっなんでもないです。あのっもう理解できたので手を離してもらえませんか?」

「何ナニ〜四季お嬢様はもしかして手を握られて照れておられるのですか?」

漸く離れたと安心していたら問いかけらた。毅然と振る舞ったつもりだったのに察しの良い彼は面白そうなものを見つけたと言わんばかりに意地悪そうに笑っています。ここは退散する道を選ばねばまた揶揄われてしまう。

「照れていません!教えてくださってありがとうございます。後はお房さんに見てもらいますから」

「房なら勘七郎の世話があるからって帰ったぜ〜」

なんてタイミングで帰ってしまったのよ房!使っていた裁縫道具を纏めようとした手を止めて隣に立っている坂田さんを見上げるとくつくつと笑いを堪えていらっしゃる。
悔しいけれどやっぱり彼には私の事がお見通しらしい。

「そっそうでしたね、忘れていました」

「四季お嬢様はからかい甲斐があって面白ぇな〜。また楽しませてくださいね」

「楽しまないでください!これから揶揄えないくらいお裁縫を完璧にして参ったと言わせてやりますから」

「おーおーじいさんになるまで待ってやるよ」

そうして坂田さんはテーブルに手を付き身を屈めて今度は顔を近づけていつもの意地悪な言い方とは違い、うんと優しい声で言いました。

「だから頑張れよ。俺の奥様」

いつもの覇気が無い顔が少しだけ凛々しく見えて思わず胸が高鳴ってしまいます。それにしても奥様?突然の発言に随分間の抜けた顔をしていたのでしょう。隣の椅子に腰掛け、満足そうに私を眺めておいでです。

「えっと……それはどう言う事ですか?」

「さあな〜ホラもう一度やんねーとうっかり屋さんで不器用な四季お嬢様はすぐ忘れちまうぞ〜」

「変な二つ名付けないでください!」

もっと聞きたいのにはぐらかされてしまいもうお裁縫どころではありません。彼がダメならすぐにでも父に事情を聞きに行きたいけれど玉止めが出来るまできっと離してくださらないでしょう。

「まぁ慌てずゆっくり行こうや。裁縫も俺達も」

「な?」と言ってまるで壊物を扱うように頭を優しく撫でてくださいました。今までこんな事をされ無かったのでなんだかくすぐったいですし、同意を求められても困ってしまいます。
でも、坂田さんと一緒に居られるのも少しだけ良いなと思えてしまったのもまた事実で。
もう!乙女心を弄ぶなんて!布と針を見てため息をつきました。
この練習のおかげで巾着が出来上がり、坂田さんに贈り物として渡したのはまた今度お話をしましょう。

2021/5/29 執筆


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