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ハッピーアピールバースデー
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「はよーさん。今日さ、俺誕生日なんだよなぁ」

朝の騒がしい職員室を抜け、隣の部屋でコピー機を使っていると銀八はいつもの緩い挨拶をしてから独り言のように呟いて横切って行った。

「まじでか」

忘れてたわ。言おうとした途端、朝礼を告げるチャイムが鳴り急いでコピーを切り上げ自分の席へ戻った。

銀八と私は同じ時期に新採用として銀魂高校に赴任してきた同期だ。そんな初々しい頃は過ぎてあっと言う間に3年が経っているのに私達の関係は職場の仲のいい友達だ。

なんで今更誕生日アピールしてきたんだ?

今まで銀八が誕生日を自ら言うことは一度も無かったし、教えてもらっていただろうけど忘れてしまっていた。今日の連絡を聞きながら頭の中はその事でいっぱいになっていた。

「おーい井川ちゃん大丈夫?」

「はい!すみません。続けて下さい」

主任の松平さんが心配そうな顔をしながらも連絡を続ける。しまった考え過ぎたと反省していると悩みの種……銀八と目が合った。その表情はいつも通りの気怠げな顔で悩んだ私が馬鹿だったと悟った。なんだか腹が立って手元にあった消しゴムを投げそうになってやめた。とりあえず今は仕事に集中!と切り替え朝礼に耳を傾けた。

多分、銀八は私の気持ちに気付いている。けど何も言ってこない。今のポジションが心地がいいし、友達だから気が楽だとお互い言い合ってるおかげで告白するタイミングを逃した。ただそれだけだ。

でも、このままでいいのかなと思う時もある。今更告白する勇気もないくせにいつも考えないようにと逃げ回っている。
そもそも誕生日を忘れている時点で冷たい友達確定なのだ。

「おばちゃーん、お弁当予約したいんですけど」

銀八の事を考えないように仕事をして気づいたら正午過ぎ。生徒は勿論授業中。「ハイハイいつものね」と学食のおばちゃんと毎日変わらないやりとりをしながら弁当の代金を払った。

「いつもありがとうね。生徒より先に予約できるって先生の特権ね」

「本当、この仕事で1番嬉しい事ですよ。おばちゃんと話すのも楽しいし」

ここ銀魂高校の教師たちのお昼は自持ち弁当か
学食のお弁当。学食弁当だと空き時間に予約しに行くのでたまに銀八に会うけれど今日は居ないので授業中らしい。

「あら嬉しい事言ってくれるじゃない。サービスでプリンあげちゃう」

人気だからすぐ無くなっちゃうのよと予約券と一緒に渡されたのはいちごみるく味のプリン。こんなのあったんだと感心しているとふと銀八の顔が浮かんだ。そうだ、これにしよう。

「おばちゃん、お金払うのでもう一つプリン用意して貰えませんか?」

プリンを受け取って誕生日プレゼントが決まったことに安堵しながら職員室に戻り、放課後に渡そうと名前を書いて冷蔵庫にそっと入れた。
放課後、プリンを持って銀八の根城である国語準備室へ行ったが居たのは3Zのメンバーだけで家主は不在だった。行き先を告げなかったらしく、散々探し回って保健室のドアを開けた。

「おーおつかれさーん。何、サボり?」

「違うよ。それよりなんで用事がある時に限って準備室に居ないのかね銀八くん」

やっと見つけた。人の苦労も知らずにカーテンも閉めずベットで寝転がっていた銀八は私が近づくとゆるゆると起き出した。あ、寝癖ついてる。

「準備室占拠されたから避難してきた。探してくれたの?嬉しいねぇ」

「いつもの所に居なきゃ探すわ。月詠先生が居なくて良かったね。ハイこれ」

「おっこれ学食で人気のプリンじゃねーか」

彼が何をやらかしたのか分からないが、月詠さんからは日頃から銀八が保健室でサボっていたら呼ぶように言われている。でも今日は黙っておいて置こうと思っていると銀八はプリンを見てから嬉しそうに袋に戻した。

「誕生日おめでとう。自己申告されて思い浮かんだのがこれしかなくて。今度呑んだ時ビール1杯くらいおごるよ」

「一杯だけ!?普通そこは全部私が奢るとかじゃねぇの?つーか誕生日忘れてただろ!?」

「それはごめん。でもプリンあげたから冷たい友達から優しい友達にランクアップしたでしょ?」

「なにそのランクアップ。別に井川が忘れてたからって冷てェ友達とか思ってねーから」

「あ……ありがとう。それより、なんで急に誕生日アピールし始めたの?」

学食プリンにクレームをつけるとは贅沢な奴め。と思っていたけど誕生日を忘れた事は怒っていなさそうで安心した。そして、今日の悩みの種である話題を振ると銀八は少し気まずそうな表情で呟いた。

「誕生日って言えばなんかくれっかなって思ってよォ」

「寂しんぼか。大人からじゃなくてもその袋を見た感じ生徒からいっぱい貰ってたじゃん」

ベットの枕元には可愛らしくラッピングされたお菓子がまとめられている。決して妬いては居ないけど銀八の人気に少しだけ心が痛んだ。私の言葉を聞いて悩みの種は気だるそうに頭を掻いて答えた。

「別に寂しくなんかねーけど大人からのプレゼントも欲しかったんですぅ。現にちょっとアピールしたら井川はくれたしな。サンキュ」

「……本当にそれで良かったの?」

「ん?」

気付いたら本音がスルリと出ていた。あ、これじゃあまるで他にも言いたい事があるみたいじゃないか。でも、今なら気持ちを伝えられるかもしれない。いや、今ではないかもしれない。心の中でぐるぐる考えながら銀八を見るとキョトンとした表情。

ダメだ、やっぱり伝えられない。今ならまだ誤魔化せる。

「なんでもない。仕事残ってるしもう戻るね」

心の動揺を悟られないように冷静に振る舞って背を向けて出口へ向かおうとした途端、銀八が話し始めた。

「あー四季ちょっと待て、プリンの他に欲しいもんあったわ」

今まで呼んだことが無かった下の名前にどきりと反応してしまう。恐る恐る振り向いた瞬間、銀八は今まで見たことが無い位真面目な表情で私の手を握って言った。

「四季が欲しいっつたら俺にくれる?」

私が欲しい?嘘、コレ告白されてる?驚いて咄嗟に間抜けな言葉を返してしまった。

「わ……わたし物じゃないんだけど」

「物でも銀さんは四季が欲しいし貰いてェって思うけどな」

銀八はそう言いながら視線を逸らした。どうやら照れているらしい。言われた言葉を何度も思い返すとじわりと嬉しさがこみ上げ、同時に一連のやりとりが私達らしくて笑ってしまった。

「仕方ないなぁ。銀八になら貰われても良いよ」

「マジでか!冗談じゃねーよな!?」

「冗談ならもう職員室帰るけど?」

「まだ帰さねーよ」

腕を引っ張られバランスを崩し、ベットにいる銀八に抱きとめられた。顔を上げると銀八の整った顔がどんどん距離を縮めてきた。このままだとやばいんじゃないか?咄嗟に私は近付く唇を手で押さえた。

「ちょっと待って。ここ職場なんだけど」

「ですよね〜言うと思った。んじゃ、今日俺んちで誕生日パーチーしながらこの続きしませんか?」

手を離すとちぇっと残念そうな顔を見せてからするりと唇を長い指で撫でられた。なんだその色気は!私はまんまと銀八の作戦に乗せられてしまったらしい。この続きと言われて分からないほど馬鹿ではない。

「どっどうせならケーキも食べようよ。ほらワン」

ワンホールと言い切る前に額に柔らかい感触を残して至近距離にいた銀八が体を離した。

「こんくれェしてもいいだろ。ほれ早く仕事終わらせよーぜ」

終わったら準備室集合な。そう言って銀八は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべて根城へ戻っていった。

「なにこの恥ずかしいスキンシップ!」

あの馬鹿!と呟くけど心は満たされていた。銀八にプレゼントあげたつもりなのに反対に貰ってしまったじゃないか。
それから頬の熱を冷まして職員室に戻り、仕事を終わらせ準備室に行った。
でも時間通りに銀八の終わなかった仕事を手伝うハメになり、パーチーと銀八からの愛の告白は次の日に持ち越しとなったのが私達のスタートの思い出だ。

2018/10/10 執筆


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