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3時のおやつの攻防戦
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放課後、生徒たちも部活へ行き、吹奏楽部が練習する音が学校内に響き渡っている。
そんな時でも教師陣は相変わらずの忙しさに追われていた。私も同じくバタバタと毎日を過ごしていた。

決めた!今日は休憩時間を取ってやる。
そう意気込んで職員室に入るとみんなそれぞれのデスクで仕事モード。そんな光景を観てここでは休憩なんて出来ないと察知して静かにドアを閉めた。

朝にふらりと寄ったコンビニで買ったいちごサンドと飲み物が入った袋をぶらぶらさせながら学校内を歩き回る。

「早くおやつ食べたいな」

探してみると人があまり来ない静かな場所と言うのは学校には存在しないのかもしれない。そう考えていた瞬間、屋上へ続く階段が立ち入り禁止だった事を思い出した。

「ここだ!」

念願叶って見つけた誰も来ない静かな場所……少し埃っぽいけれど日が当たって居るからよしとしよう。
屋上への扉と向かい合うように背中を壁に預けて座り、おやつのいちごサンドを食べ始めた。
口に広がるホイップクリームの甘さといちごの少しの酸味が溜まっていた疲れをほぐしてくれていた。

「あー静かな場所で食べるいちごサンド最高だわ」

「へえ。そんなに美味ェんだ」

「職員室だとこんな贅沢なおやつ食べられないですから……ね?」

誰もいないはずなのに独り言から会話に変わるなんておかしい。いちごサンドから視線を外し、恐る恐る階段の方へ振り向くと見慣れた銀色天パ、国語教師なのにだらしなく着ている白衣、そして死んだ魚のような目をした先輩、坂田銀八が居た。

「なんでここに居るんですか」

「階段登ってくとこ見たから」

坂田先生は時々話しかけてきたり構ってきたりする不思議な人だ。
いつもなら笑顔で対応するところだけれど休憩時間なんだ気なんか使ってられない。心の中で謝りつつ話を続ける。

「それなら今すぐ立ち退く事をオススメします」

「いや、ここ俺のタバコ……レロレロキャンディスポットだから」

そう言って即座にタバコの箱を白衣にしまった瞬間を見逃すわけがない。今時の学校は禁煙だ。

「今タバコって言いましたよね?みんなには黙っておくので今日は立ち退いてください」

「レロレロキャンディーって言ったから。この場所は銀さんが先に見つけたスウィートスポットだから四季せんせーが立ち退くことをオススメします」

「嫌です。このスウィートスポットは私が先に見つけたんです」

絶対に譲ってやるものか。頑として動かない事を察したのか坂田先生の気だるそうな目がじっと見つめてきた。

「四季ちゃんって意外と頑固なんだな。いつもとキャラ違うじゃん」

「休憩時間くらい素を出させてくださーい」

「女ってこえーな。だからって先輩の場所取るのは違うと思いまーす」

こんな酷い態度をとっているのにこの人は何も言わないんだ。少し安心しているとふわりと坂田先生のタバコの香りがしてよいしょとおじさんの様に私の隣に座ってきた。

「なんで隣座るんですか」

「いや、他に場所ねぇから四季ちゃんと話そうかと思って「帰ってくださーい」

距離が近すぎて緊張するんですとは言えない。坂田先生はやっぱり近くで見るとなんとなくカッコいいと感じる顔立ちをしているのだ。そんな事を考えているだなんてつゆ知らずな本人は気だるそうに言葉を返してくる。

「そこは喜ぶとこだろーが。つーか、なんでそんなに職員室帰りたくねーの?嫌がらせとかされてんの?」

「違います。見られてる感じが好きじゃないんです」

ええい、坂田先生相手だけれど素も見られてしまったしこの際だから言ってしまえとやけになっていた。

「誰も見てないって分かっているんですけど、なんかあの場所は息が詰まりそうなんです」

ずっと感じていたことを吐き出すと思いの外スッキリしたけどこの人はなんて言うんだろう。叱られたらどうしようと不安に思いながら「変ですよね」と笑いかけるとそれまで黙って聞いていた坂田先生が真面目な顔で答えた。

「変じゃねーよ。全然。あんな場所ずっと居るなんざ無理だからって準備室が根城になっちまった銀さんが保証する」

「え……」

否定されるかと思っていたからその言葉に驚いてしまった。そんな事も知らず坂田先生は話を続ける。

「あの場所で気にせず出来る人間も居りゃ1人になって考えてェって奴もいる。四季ちゃんはキツイって感じてここに来たんだろ?自分の心の声は今日みてぇに大事にしなきゃいけねーよ」

「心の声……それって自己防衛って事ですか?」

何かの本で読んだことがある。私の返事に坂田先生は「そーゆーこと」と答えた。なるほど……生徒が信頼する理由がなんとなくわかった気がした。

「まぁそんな事情ならこの場所を今日は貸してやるわ」

「ほんとですか!」

話してみるものだ。突然の譲る宣言にありがとうございます。とお礼を言う前に坂田先生が「ただし」と意地悪そうに口元を上げていちごサンドを指差した。

「交換条件として、そのいちごサンドをください」

「えーそれは嫌です……ってちょっと!」

ひょいっと最後の一切れを持ち上げ、二口で食べた坂田先生は満足そうな表情をしていた。
なんてやつだ!これが先輩でなければ腹パン入れられたのに……悔しさで睨むと頭を撫でてきた。いや、そうじゃないから!

「ごちそーさん。んじゃ休憩時間ごゆっくり〜」

ひとしきり私の頭を撫でて満足したのか階段を降りようとしたので思わず白衣を掴んだ。これは何か文句を言わねば!そう決意したのに振り返った坂田先生の優しげな表情に思っていた事と全然違う言葉が出てしまった。

「いちごサンド食べたのは腹が立つけど、話聞いてくれてありがとうございました」

「何その感謝の仕方!また愚痴があったら聞いてやっから。そんかわり俺の分のおやつ持ってこいよ」

そう言ってへらりと笑って坂田先生は「準備室でタバコ吸うかぁ」と独り言を呟いて階段を降りて行った。

やっぱりタバコじゃん。ペタペタとなる足音を聞きながら中身の無くなったいちごサンドのビニール袋を見て思わず笑みがこぼれた。

坂田先生面白い人だったな。同じ気持ちの仲間が居ることはなんて心強いんだろう。時計を眺めるとそろそろ仕事再開の時間。

「よし、行くか」

久しぶりにいい休憩時間だった。立ち上がり、一度伸びをして明日のおやつは何にしようか考えながら職員室へ戻った。

2018/05/04 執筆


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