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東さんの呼び方を考える話
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「なぁ佐川先生!東先生と2人きりの時はなんて呼んでるんですか?」

放課後、気まぐれに漫画研究部の部室を覗くと珍しく裕希くんとその仲間たちが居た。
仕事の息抜きにこの仲良し5人組と世間話をしていると唐突に橘くんが冒頭のセリフを投げてきたのだ。

「……どういう事?」
「だーかーらーチョコバナナが佐川せんせーと東先生が付き合ってるよって教えてくれてさあ!いったあ要っち痛えよ!!」
「こんっの馬鹿!聞いていい事と悪い事があんだろうが!裕希もなんか言ってやれ!」
「普通本人に聞いちゃう?こういうのは先に東先生からでしょ」
「そこじゃねぇよ!!」

無邪気な笑顔で聞いてくる橘くんに塚原くんはゲンコツを入れ裕希くんの発言で更にヒートアップしてしている。愉快な子達だなぁその光景を見て動揺した心が一瞬で落ち着いた。

「そもそもデリケートな話題を本人達に確認する事自体失礼だから」
「悠太くんと要くんが正しいですよ!ごめんなさい先生失礼な事を聞いて」

ギャーギャーと騒ぎ始めた3人に悠太くんがため息をつき、松岡くんは申し訳無さそうに謝った。チョコバナナってあきらさんだよね?全くウチの可愛い生徒にとんでもない爆弾を落としてくれたものだ。
とにかくバレると色々大変なのでどう切り抜けるかを考えながら話し始めた。

「大丈夫だよ。東先生とはそういう関係じゃないから」
「ええっじゃあなんでチョコバナナはあんな事言ってたんだ?」
「同じ大学だったから仲が良いの。多分それをあきらさんが勘違いしてるんだよ」

付き合ってる以外は全部事実だからこれで納得してくれなければ困る。恐る恐る橘くんのリアクションを見ると期待外れだったのか不満気な顔をした。

「なーんだそんな事だったのかつまんねーの」
「何を期待してたんだよ。つか先生に向かってつまんねえも失礼だからな」
「へぇ〜じゃあ大学生の時はなんて呼んでたんですか?」

なんとか誤魔化せたようだ。安心すると今度は珍しく裕希くんが質問して来た。

「東先生は1つ上の学年だから先輩って呼んでたよ」
「じゃあお仕事を始めた時に再会したんですね!素敵です、ねっ裕希くん」
「ホントに運命の出会いって奴ですね〜素敵です〜要もかおり先生と運命の再会したもんね」
「なんでかおり先生が出てくるんだよ。お前らそればっかな」
「運命じゃなくてたまたまだよ。それより塚原くんはツッコミが忙しそうだね」
「誰のせいだと思ってんですか!?」

そもそもの原因は橘くんとあきらさんなんだけどねと言いたいがここは塚原くんの気遣いに感謝しながら騒がしい光景を見ていると悠太くんがぽそりと呟いた。

「大人って大変なんですね」
「みんなが思うより大変だよ」

聡い悠太くんは気付いているのだろう。こちらをまっすぐ見つめる視線に少しだけ気まずさを覚えた。うーん高校生恐るべし。



「ええっそんな事があったの!?大丈夫だった?」
「なんとかね。同じ大学だったから仲良いんだよって言っておいたの。もうヒヤヒヤしちゃった」

その夜、東さんの家にお邪魔して食休みと称してソファに並んでのんびりしながら今日の事を話すと東さんは案の定申し訳なさそうに謝った。

「ごめん迷惑かけて。あきらには言いふらすなって話しておくし橘くん達に聞かれても同じように返しておくよ」
「よろしくお願いします。バレたらまた校内放送されちゃうからね」

私の冗談に東さんは例の事件を思い出したのか「もうアレは良いかな」と苦笑いで返した。確かにあんなのは二度とゴメンだ。

「特に橘くんには気をつけないとね」
「あと浅羽ツインズも油断できないよ悠太くん辺りは気づいてるかも」

悠太くんとのやりとりを話すと確かにあの子は大人っぽいよねと納得していた。よく話しかけてるから尚更あの子達の事が分かるのだろうな、大雑把な私と違って生徒一人一人をじっくり分析できる東さんのスキルが羨ましくなる。

「ところで橘くんになんて聞かれたの?」
「2人きりの時なんて呼んでるんですか〜だって」
「なんでそれが気になるんだろうね。面白いなぁ橘くんは」

そう言ってぽやぽやと笑う姿はなんだか松岡くんみたいで癒されてしまう。
癒されながらふと私はいつまで東さんって呼ぶのだろうと思い始めた。

「そういえば東さんは下の名前で呼んでくれてますよね。私もこれを機に変えようかな」
「季乃のタイミングで良いと思うけど」
「変えるなら今の気がするんだよね」

そう言って持っていたマグカップをテーブルに置いて体を東さんに向けて色々呼んでみる事にした。

「東さん、東先生、あとは滉一さん?」
「そんなに悩まなくても。どんな呼び方でも良いよ」
「じゃあ、こ……こーちゃんとか?」

なんとなくどれもしっくり来なくてあきらさんと同じ呼び方をしてみた。すると東さんが少し驚いた顔をしてこちらを見つめてから俯いてしまった。

「ええっごめんなさい嫌だった?」
「ううん。嫌じゃなくて!そう呼ぶの家族かあきら位だからなんか嬉しいなって思って」

思わず謝ると東さんは顔を上げてメガネのズレを直しながら照れ臭そうに笑った。
その姿を見てむくむくと愛おしい気持ちが湧いて来てピタリと隣にくっついて視線を合わせた。

「照れないでくださいよこーちゃん」
「季乃に呼ばれるのって新鮮だから暫く慣れそうにないね」

嬉しいのに困ったように笑う東さん……もといこーちゃんが可愛くて何度も呼びたくなってしまう。こんなに喜んでもらえるならもっと早くに呼べばよかった。
こーちゃんの肩に頭を預けながらこれは2人きりの時だけにしようと心に決めた。

2022/7/25 執筆

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