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書店員と原田さん
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彼と私が出会った日の事を話そう。
それは私が務めている書店に彼が頻繁に来るようになった事が始まりだ。

仕事帰りであろうスーツ姿、長身で赤髪、プラス整った顔立ちに初めて来店してきた時、女性スタッフはバックヤードで色めき立ったのを覚えている。

地味で目立たないように生きている私には無縁のキラキラしたイケてるメンズ。見た瞬間、自分の生きる世界にこの人は入ることは無いと思っていた。

「お疲れ様です。あの人今日も来てましたよ!」

休憩をしにバックヤードに戻って来たバイトの女子高生は例のイケメンを見かけたらしく年相応の女の子の表情になってた。その人は旅行雑誌を買っていったのをキッカケに結構な頻度で来店してくれているらしい。夕方に休憩を取る私でさえ何度か見かけたくらいだ。

「毎日来てるよね」
「でも、あの人最初に雑誌買ってから店内見て帰るだけなんです」
「そうなんだ。探してる本とかあるのかもね」
「それならカウンターに来ればいいのにィ」

口を尖らせて拗ねたような表情をする女子高生に可愛いなと思いつつ時計を見ると休憩時間の終わりを告げていた。

「そろそろ行くね。本当に困った事があれば声かけてくれるかもよ」

私の言葉に彼女は「期待して待ってます」と返してくれた。そんな風に憧れの人に対して素直にリアクションできるのを少し羨ましく思う。大人になってしまうと上手に隠すようになってしまうんだから。

そんな事を思いながらフロアに戻って本棚の整理や補充をしていると「すみません」と声をかけられた。

「ダチの子供にプレゼントを買いに来たんだけど、何が良いかちょいと迷ってて」

振り向くと例のイケてるメンズが困った表情で聞いてきた。驚いた事を見透かされないように笑顔を作って見上げる。この人、身長高いな。

「プレゼントするお子様の年齢はいくつくらいですか?」
「あー確かもうすぐ3歳とか言ってたな」

3歳か……その年齢でパッと思いつくものなんて書店でなら1つしか無かった。

「3歳なら……絵本はどうですか?」
「絵本?」

イケてるメンズさんは少し意外そうな顔をして絵本コーナーをちらりと見た。この人、あまり本を読まないのかな?なんて思ってしまうリアクションだ。

「は、はい。絵本を贈られる方、結構多いんですよ」
「へぇ、ならそれにしよう。あーでも全然絵本読まねーからわかんねーな」

男性が一人で絵本を読むのもなかなか珍しい光景なのだからその迷いにも納得してしまう。

「それなら絵本に詳しい担当の者をお呼びしますね。少々お待ち「あのさ、あんたに選んで欲しいんだ」
「私……ですか?」
「ああ。あんた……いや佐川さんなら詳しそうだから」

何故私に?担当に変わって自分の役割が終わると思っていたので突然の要求に戸惑ってしまう。けれど、もう少しだけ一緒にいれることに嬉しさもあった。
仕事モードを更に気合いを入れて「では絵本コーナーにご案内しますね」と歩みを進めた。

「あの、失礼だとは思いますが、何故本をプレゼントしようと思ったんですか?」
「最初はおもちゃとか色々見てたんだが、新八……子供の父親が一緒になって遊んで壊すから本なら壊れることねぇなって思って。変な理由だろ?」
「いえ、本をプレゼントするって素敵だなと思って」

本をプレゼントする理由は様々だ。このイケてるメンズさんはどんな理由なのだろう。興味が優って聞いてみると嫌な顔せず答えてくれた。

「今度は俺から聞いて良いか?本、好きなのか?」
「好きですよ。あと、本を読むことくらいしか能がないんです」
「そうか?佐川さんが書いたコレすげえ良いと思うけどな」

指を指したのは以前書いた大好きな作品のポップだった。

「なんで私が書いたって知ってるんですか!?」
「いや、分かりやすい良い文を書くなって思って店員に聞いたらあんただって言ってたんだよ」
「あ……ありがとうございます。是非その本も読んでみてくださいね」
「そうするよ」

思わず大きくなってしまった声を抑えながらお礼を言うとイケてるメンズさんはリアクションが面白かったのかくすくすと笑って頷いてくてれた。まさか褒められるとは思っていなかったから素直に嬉しい。
そんなやりとりをしながら絵本コーナーに到着した。

「絵本で今売れているのがこちらとかこのシリーズですね」
「へぇ佐川さんが好きな絵本とかあったりするか?」
「……えっと個人的には」

店員に好きな本を聞くお客様なんて珍しいから動揺してしまう。どれが好きだったっけ?選びながらイケてるメンズさんを見ると優しい表情で待っていてくれた。

「この作品が好きでした。大きな卵をネズミたちが料理してお菓子を作るんです。それがすごく美味しそうで……ってすみません語っちゃって」
「謝らなくてもいいぜ。面白そうじゃねぇか。それじゃその絵本にするかな。食いもん出てくるなら新八も寝ないで済むだろうし、ラッピングとかして貰えるのか?」

思わずプレゼンしてしまい引かれたかな?と心配になっているとイケてるメンズさんはあっさり私の好きな絵本に決めてしまった。もっと見なくて平気なのかな?と思いつつ話を続けた。

「はい、承っております。先にお会計をしてからサービスカウンターにお越しください」
「分かった。ラッピングも佐川さんにお願いしたいんだけどそういうのって駄目か?」
「指名されるなんて光栄です。お待ちしてますね」

レジを案内してからサービスカウンターに向かおうとすると近くでやりとりを見ていたらしい同期が嬉しそうに「よかったじゃない」と呟いた。本当に今日は本当に驚く事ばかりだ。

サービスカウンターへ行くとすぐにイケてるメンズさんがやって来た。リボンの色や包装紙の模様を選んでもらい、丁寧にラッピングして呼ぶとキラキラとした表情になった。

「すげえ良いじゃねーか!映画とかで見るプレゼントみてえだな」
「気に入って頂けて良かったです」

こんなに喜んで貰えるなんて書店員冥利につきる。ありがとうございますとお決まりの言葉を述べて商品を渡すと「あのさ」と続けて予想外の言葉をかけられた。

「また来た時に本、紹介してくれねーか?」
「わ……私で良ければ」
「よし、約束な。今日は助かったよ。じゃあ、またな」

そう言って原田さんは笑顔で軽く手を振って去っていった。姿が見えなくなるまで胸はドキドキとなりっぱなしだった。
これが私たちの出会い。それから数日後に原田さんが来店してご飯に誘われた。
私の生きる世界に彼が入ってきた結末までの過程は皆さんの想像にお任せすることにしよう。

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