story


□孤高の孤独
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死ぬ時は眠るような静けさの中で死にたい。

そう彼が言ったから、うめき声を噛み殺して黙っているのに。
彼は無表情、無口、不動。
(当り前だよ)
現実に住む魔物が囁く。
(本当に死んじゃったんだから)
馬鹿にするような笑みを含んだ声で。
その一瞬に、まるで心臓の鼓動が全身に波打つように、核心から深い深い痛みが、黒い何者かが溢れあがった。
自覚していたはずなのに、どこかで隠し続けた真実。
もう少しで君を愛していたという以前の気持ちを忘れてしまうかと思った。
現に、忘れるより簡単な逃げ道を僕は求めていた。
出来るなら捨てたい。
君を愛する気持ちという単数の感情じゃなく、心全てを。
良し悪しを無視した複数の感情たちを、残骸なく捨ててしまいたい。
荒れ地でも、墓場でもなく、君が死んでいったこの道に。
心が表情を持つから、この現実を受け入れられない。
そしてそれ以上に、僕は病んでしまっている。
動く心臓をこの地に埋めて、彼と共に自然分解されるのを待とうか・・・。
つまり、冬真っ只中の極寒の空気の中で自分も身を滅ぼそうか、真剣に想っていた。
その思いの矛先は、もちろん自分自身にある。
つい先ほどまで真剣と遊びの同化した熱い思い立ちは全て、彼に向っていたのに。
自分勝手な考えだ。その直感に従い、冷静になって再度思考を改めようとした。
けどやはり、僕は使えないカメラのごとく一度記憶した写真はDeleteKeyを何度押したって、消せない。
やはり生身の自分自身ごと壊すしか、手だてはないのか。
真実と対等に闘える嘘などないのだろうか。
長く、そうして感情に悪質な踊りを踊らされていた。
僕を支配しつつあるのは彼と育んできた幸福の数々。当然それだけではなく、後には常に暗室に閉じ込められたような恐怖が襲ってくる。
_脳裏に浮かぶ、過去。
ふたり会えば、寒くもない部屋で暖め合った。
数えてみたくなるほどの断りない口付けも交わした。
僕だけにわかる細い声を漏らしては恥ずかしがる君が、愛おしかった。
渇きを潤す程度を越えて、痛みも感じた。
同じように、彼はいつも深呼吸で精神の安定を量り、僕を真っ直ぐに見つめあげた。
彼の瞳は優しい光を放ち注ぐ月のようで、僕の内側の採れない痛みをくすぶり、消していた。
魅惑的な微笑み方の彼に誘惑されて、怒らせるほど求めたこともあった。
今となっては、その全てがただの薄い紙切れと文字で綴られた御伽話に聞こえる。
_嘘を塗り重ねられない、目の前で止まったままの、今。
彼を包み込む自分の体温にだけで悪化に歯止めがかけられている、冷やかな彼の温度。
紫雲ほどに変わりだす赤みのよかった唇。
いくら喚いて僕が泣いたって、大丈夫の慰めもからかいの言葉も言わない、彼の声。
もう二度と見つめ返すことのない、唯一の瞳。
最後に口にした言葉は"明日も会いたい"
僕は絶対に会えるという確信的な返事が出来ないまま、手を振り、別れ際の横断歩道に彼を残した。
死の瞬間は、何よりも足早で即決だ。
背後で道路を擦るような車のスリップ音が響き、次に、生々しいほど鈍い衝突音が聞こえてきた。
背を向けて歩いていた人の皆がそうするように、僕も振り返った。
自分の頭がおかしくなったと思った。
だけど僕は正常で、故に現実は目に痛い。
流れを止めた車間を通り、道路の端まで投げ飛ばされていた人影に向かった。
見るからに即死ということがわかる。
人目など気にすることは出来なかった。
近寄り、手にとった彼の頬は、生温かい。
外傷は、目に入れたくなかった。
彼の寝顔はこんなにも安からかで美しいのに、目覚めを知らない。
抱きよせた体は、やはりどこか生身の人間とは違う温もりを持っていた。
ぐったりと僕にもたれかかる彼の頭部からは、血の匂いが香っていた。
僕をそれを拒むことなく受け入れ、固く抱き締めた。
寧ろ、その匂いを頭に焼き付けるように。






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