Dream =Short=
□精一杯の、感謝を込めて。
1ページ/11ページ
漆を塗ったように真っ暗な夜空…
ほぼ満月と言えるほど丸い月や、数え切れないほどの星達の光に照らされ、小さく波立つ海が、きらきらと光っている。
その光は、海に浮かぶ島にも降り注いでいた。
その島の中央には、現在も活動している火山が聳え、麓には、巨大な建造物もある。
この建物は《デュエル・アカデミア》。
デュエリストを志す者達の、憧れとも言える学園である。
とは言え、今はもう真夜中だ。
生徒達は既に自分の部屋に戻って、就寝している時間のため、学園内に人気はない。
そのはずだった…
「ここが…《デュエルアカデミア》…」
アカデミアの屋根の上に立つ、1つの黒い影が、そう呟いた。
その表情は、マスクとサングラスに隠れて、窺う事はできない。
ふと、海から流れ込む風が、その人影の纏うコートを、ふわりと弄んだ。
「ここにある…あのカード…《三幻魔》のカードが…」
その時、人影の呟きに呼応するように、風が吹き荒れ、森の木々や草花を激しく揺らした。
やがて、突風が止む。
だが、その頃には既に、あの人影は、どこにもなかった…
翌日…
授業を終え、一度寮へ帰ろうと、オシリス・レッド寮生の1人、赤城 天雅は、相棒の魔術師師弟と共に、帰途に着いていた。
いつものように天雅に抱き着くマナに、マハードがもう少し遠慮するようにと、いつもと同じく彼女をたしなめている。
『マナ!それでは天雅様が歩き難いでしょう!もう少し離れなさい!』
『イヤです!今日も十代君ばっかり天雅にくっついてたんですよ!?ズルいじゃないですか!』
己の師にそう言われると、マナは天雅の腕に更にギュッと抱き着いた。
それを見たマハードは、眉間に寄せた皺を増やす。
『だからと言って、それが天雅様の歩みを鈍らせる理由にはなりません!天雅様は、毎日授業でお疲れなのですよ?』
マハードの言い分は最もである。
天雅が毎晩、授業の予習復習や、自分達が組み込まれたデッキを、更に進化させるべく、調整に明け暮れているのを、マナも知っているからだ。
しゅん、と項垂れたマナを見て、天雅はマハードと顔を見合せた。
「マハード、俺は大丈夫だから、気にしないで?」
にこりと微笑んで、そう言った天雅に、マハードは目を瞬かせる。
一方のマナは、天雅の言葉がよほど嬉しかったのか、先程の暗い表情が一変、パアッと輝かんばかりの笑顔になった。
とは言え、マハードも簡単に引き下がる事はできないらしく、困惑の表情を浮かべている。
『しかし…』
『もう、お師匠サマったら!天雅が良いって言ってるんですよ?良いじゃないですか!』
『何故マナが自信たっぷりに言うんですか!?』
こうなっては、マハードが何と言おうと、マナは天雅から離れないだろう。
何より、天雅本人が構わないと言っているのだ。
これ以上、マハードからどうこう言う事はない。
『分かりました…ですが、天雅様の邪魔になるようなら、無理にでも引き剥がします』
『はーい!だいじょーぶですよ、お師匠サマ!ね、天雅?』
「ふふっ、そうだね…ん?」
ふと、天雅が立ち止まり、随分遠くなったアカデミアを振り返った。
必然的に、魔術師師弟も立ち止まり、不思議そうな顔で天雅を見る。
『天雅?』
『どうか、なさいましたか?』
「…誰かに見られてるような気がしたんだけど…気のせいだったみたい」
『もしかして、天雅にデュエルを挑もうとしてる子かも!』
「デュエルだったら、断る理由はないね!どんと来い!って感じかな?」
『きゃーっ!天雅格好良いーっ!』
『やれやれ…』
その後、今しがた感じた視線の事もすぐに忘れ、天雅達は笑い合いながら、レッド寮へと帰って行った。
アカデミアの屋上に、自分達を遠目に見る人影の存在に気付かずに…
夜中…
昨晩とは違い、僅かに欠けていた自身を取り戻した、完全な満月が、島全土を明るく照らし上げている。
生徒達が眠りに就いている中、レッド寮の一室、天雅の部屋だけは、未だ明かりが点いていた。
机に向き合う天雅は、卓上に数々のカードを広げ、デッキの調整に勤しんでいる。
すると、一段落着いたのか、天雅が椅子に凭れ、両腕を天井に突き出し、背筋をグッと伸ばした。
『天雅様、そろそろお休みになった方が宜しいかと…明日の授業に支障が出てしまいます』
「ん…そうだね…そうしよう、かな…?」
相当眠いのか、天雅の目もとろんとしている。
口元に手を当て、くあっと欠伸をした。
『おっきい欠伸…天雅眠い?』
「そだね…いつもより、眠い…かも…体育あったから…」
『では、尚更お休みになられないと…』
「うん…もう寝る…」
机に広げられたカード達を、1枚1枚丁寧に重ねていく。
そして最後に、魔術師師弟のカードを手に取った。
そのカードを見て、ふわりと微笑むと、後ろに立つ2人を振り返る。
「2人共、明日もよろしく。頑張ろうね?」
『はっ!』
『もちろん!いっぱい楽しいデュエルしようね!』
笑顔で答えてくれた2人に、天雅もにこりと微笑むと、手に持っていた彼らのカードをデッキの上に重ね、デッキを机に置いた。
睡魔のせいか、いつもより重い体を引き摺り、天雅はベッドに腰を下ろす。
そのままベッドに横になろうとした。