06/22の日記

20:58
CURE 御堂×克哉
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満員電車が嫌いだった。
だから、始発に近い時間に電車に乗り、薄暗い街が光に照らされる瞬間を、環状線の電車の窓から眺めて、出社する日々だった。
しかし、珍しくいつも乗る一番前の車両ではなく、後ろから2両目の電車に乗ると、普段では見られない光景が目に映る。
金に近い、明るい色をした髪に、深い青色のスーツ。
体格からして、男なのは明白で。
自分と同じサラリーマンだろうか、両手を握り締めて俯く姿は、少しだけ悲愴感が漂っている。
彼の斜め向かい側の席に座り、鞄に入れていた文庫本を取り出す。
両手で本を開いた後、片手で持ち直し、静かな音と共にページを捲る。
本に光が差し込む事で、朝が来た事を知り、微かに上げた視線の先では、明るい髪が煌めきを見せ、そして……。

「……。……朝……、か」

綺麗な蒼い瞳が、街が始まり出すのを見詰めていた。



CURE



繰り返される日常と言うのは、平和の一言に尽きる。
けれど、変革を求めなければ、事業と言うのは成長しない。
それを知るからこそ、目まぐるしい程の忙しさの中にある、ほんの一時の休憩が貴重になる。

「御堂も、煙草を吸えば良いのに」

休憩室にて、同僚が煙草を吹かしながら言い、自販機で珈琲を買いながら遠慮しておくと返す。
煙草の害は有名な話なのに、わざわざ毒を吸う気持ちにもなれないし、時間潰しの為に嗜むのも嫌だと思う。
それに中毒になればなる程、要らない金を使うばかりも気に食わない。
そう話せば、相手に肩を揺らされ、優等生だなと言って同僚が煙草の火を消す。

「だから、上司に気に入られるのか」

嫌味なのは気付いていた。
けれど、嫌味を本気に取り、喧嘩するのは馬鹿がする事で。
だが、何度も浮かべた事がある笑顔を顔に貼り付け、貴重な一時を馬鹿に潰されたのには文句を言いたい。

「御蔭様で、私は煙草を吸う暇が無い程に、忙しくさせて貰っている」

これを文句と取れない奴は、2本目の煙草に火を付けていた。



マズローの五大欲求は、先ず始めに生理的欲求がある。
これは、本能的な欲求と同意で、睡眠欲や食欲に当たる。
次に、安全欲求。
これは危機回避に当たり、衣食住の衣と住等になる。
大体の人は、これが充たされれば良く、仕事をすると言うのは、食べる為、生きる為が主な理由だ。
目の前を流れて行く朝焼けする街並みを見詰め、どうすれば海が見えるだろうかと考える。
こんなコンクリートばかりで埋め尽くされた街で現実逃避したとしても、何一つ見える景色は変わらないが。
電車に身体を揺らされた事で、そんな思考を断ち切ると、読み掛けの本を鞄から取り出してページを開く。
そして、最近の当たり前の光景になった彼を、横目で観察するのが日課になった。
いつも両手を握り締め俯く彼が、朝が来た時だけ顔を上げる。
乗換までの数分なのに、その存在が大きく。そして、不思議だった。
毎日、毎日、何を思い、何を考え、彼は何処に行くのだろう。
答えは、勿論、会社だろうけれど。
堅い文字に光が差し込む。
今日も、この電車に朝が来て、蒼い瞳が何処か遠くを見詰めていた。

「それは、恋じゃないのか?」

私を茶化す友人は、ワインをグラスに注ぎながら、御堂にも春が来たのかと笑いを零す。
そして、まだ秋なのにねと言うオチまでくれる。

「男相手に恋か?笑える冗談だな」

注文した物を店員から受け取りながら話せば、ワインバーと言うだけあって珍しいワインの味に舌鼓を打つ友人、四柳が注文したカルパッチョに箸を付ける。
オリーブオイルを掛けた白身魚は上品な味だそうで、今度からここを飲み会の席にしようと話していた。

「まぁ、恋云々は冗談だとしても、その彼は何者なのだろうね」
「ただのサラリーマンだと思うが、あの時間帯から電車に乗るとなれば、家から遠い場所に会社があるか、私と同じで満員電車が嫌いで早目に家を出ているか、だな」
「君が先に降りるとなれば、行き先の検討も付け難いね」
「私が乗る駅から、私も降りる一番降車する客が多い駅では無いと言うのは解っている。あとは残りの駅で他の線に繋がるのは2駅位だから、あちら方面で仕事をしているにしても、あんな時間に乗らなくても間に合う筈だ」
「……余程、気になっているみたいだね?」

四柳に苦笑され、そんな気は無いと自分の分のワインを煽る。
値段と比例して確かにワインは美味しいが、勿体無い飲み方をする程、図星を指された事に内心で焦った。
……気には、なるのだ。
祈る両手に、丸めた背中。朝日に煌めき出す、明るい髪。憂いを秘めた、蒼い瞳。
低くも、高くもない声で呟いた台詞は、まだ耳に残っている。

(朝……、か)

一日の始まりとされる、朝。
日の光が、それを知らせて、人々が営みを開始していく。
けれど、そんな始まりの中、彼には違和感があった。
それは最初からだったのだが、違和感の正体に気付くと、余計に不思議に思う事になる。
何故、彼は仕事鞄を持っていないのだろう。



徐行運転でホームに辿りついた電車は、静かに扉を開き、自分を招いてくれる。
後ろから二つ目の車両に乗り込み、少しだけ回りを見渡す。
いつも見ていた姿が見えなくて、思わず前の車両を見るが、そこにも姿が見えなかった。

「今日は、乗っていないのか……」

落胆しながら、いつも自分が座る場所に腰を落ち着けて、鞄から本を取り出す。
しかし、ページを開く気になれなくて、窓の外を眺め、日の光に瞼を眇める。
電車の揺れが多くなり次の駅に停車する電車は、ゆっくりとホームに吸い込まれていく。
駅のホームに入った事で日の光が弱くなったが、電車の扉が開いた瞬間、明るい髪を煌めかしていた。
一歩、弱弱しく踏み出される足。
電車に乗り込むと左へと進み、いつも座る場所を彼が目指す。
真ん中より少しだけ後ろよりの席に腰掛けると、詰めていた息を彼が吐き出した。

「今日は……」

遅いのだなと、自分の考えが声になっていたのだろう、蒼い瞳がこちらを向き、少しだけ驚いた様子で瞬きを繰り返す。
あの、と彼に声を掛けられたので、意味も無く本の背表紙をなぞりながら、言い訳を口にする。

「いつも……、そこに乗っていたから、何か遭ったのかと思っていた」
「え、あ、ああ……。いえ、今日は少し寝坊しただけです」
「何だ。寝坊か」
「はい。ご心配をお掛けしまして、すいません」
「別に謝る事では無い」

気恥ずかしさを誤魔化す様に、本のページを開けば、彼が両手を握り締める。

「あなたは……、いつも本を読んでいますね」
「そうだな。暇つぶしには、丁度いい」
「……。何の本を読んでいるのですか?」
「マズローの関連書籍」
「五大欲求のマズローですか?」

一つ頷けば、少しだけ彼が笑って、こう言った。
あなたらしいですね、と。
そんな他愛の無い会話で、自分達の関係が始まっていた。



マズローの五大欲求の三つ目は、社会的欲求になる。
これは、集団に属する事や仲間を欲する事を指し示す。

「民主主義と謳われる国でも、多数主義者は存在する。支持者が多ければ多いほど、良だと判断される世の中は、本当に嘆かわしい」
「オレは、好きですけどね。この前の新作」
「爆発的に売れなければ、ヒット商品とは言わない」

自分の座る場所が彼の斜め向かいから、真向かいに変わり、隣になる頃、彼のスーツは黒いコートに包まれ、冬の空気がより一層明るい髪を煌めかせる。
彼は自分の名前を、佐伯克哉と言った。
けれど、こちらの名前を話す前に、彼が私の名前を口にする。

『MGNの御堂孝典さんですよね?』

雑誌で顔を拝見したと言われたら、名前を知られていても不思議では無く。

『あ、決してストーカーとか、危害を加えようとか、あと何だろう……。何かありましたっけ?』
『コネクション目的?』
『はい。それです。コネ目的でもありません』

だから、お互いに干渉せず、私が目的の駅で降りるまで他愛ない話をする。
これが自分達の間に出来たルールなのだが、私が得た彼の情報と言えば、名前と彼が乗り始める駅と、私が働く会社の子会社で働いている事、寝坊する前は環状線を1週していた事位で、少し不公平と言えば不公平だろう。
彼は、私の略歴を知っているのだから。
けれど、最初に彼が言ったのだ。

『ただ……、オレは事情があって、この電車に乗っているだけです』

「そっか……。そうですよね。爆発的に売れないと、ヒットとは言えない」
「定期的な収入源となる定番商品でも構わないが、次の開発の事を考えると、最初に売上を稼ぎたい気持ちがある。売上があればある程、開発費が潤沢になり、色々と試せる幅が広がるからな。だから、この前の新作はヒットからの定番を狙ったが、結果は定番だけの方だ」

朝日に染まる街を眩しげに見詰めれば、不意に彼が握り締めていた両手を解き、私の目の前に手を伸ばす。
私の顔に少しだけ影を作ると、これでは意味が無いですねと苦笑する。
そして、ゆっくりと腰を上げて向い側の窓のブラインドを下ろすと、私の隣に座り直した。

「これで、少しはマシですか?」
「ありがとう」
「いいえ。逆に恥ずかしい事をしちゃったな」

そう言った彼の手が、この時から祈らなくなった。



自分が開発した商品が売れる事は、一番仕事冥利になる。
しかし、鳴かず飛ばずの売上で、細々と売れ行きを伸ばす商品は、失敗に値する。

「次こそは、大ヒットを狙いましょうね!御堂部長!」

部下が鼻息荒く宣言する部内ミーティングで、各々が当たり前だろうと笑い合う。
自分は良い部下に恵まれたと思う。
向上心は高く、良い物を作りたいと言う意識もあり、個々の能力も多彩でバラエティに富んでいて。
ただ少しだけ残念だと思うのは、私の意見が絶対として扱われる事位である。

「まぁ、次の商品は営業が躍起になってくれたら、爆発的ヒット間違いなしですけど」
「販売営業の委託先って、キクチでしたっけ?サンライズオレンジが良いのが出来たと思ったのに、何か売れ行きあんまりで、こんな売れ方する商品では無いのにとはなったかも」
「俺も、もっとガーとか、うわーとか期待してました」
「藤田。擬音使ったから、罰金ね」
「え〜!」

この中で一番若い部下が、勘弁して下さいよと泣きを見せるが、雑談は終わりだと告げれば、皆同様に雰囲気を切り替える。
次の商品名が記載された資料を捲ると、前の商品開発で残された憤りだけが胸を占めているのに気付く。

「何が何でも、これは売らす。だから、安心しろ」
『はい!!』

社会的欲求までは、低次欲求ではあるが、そこまでは誰もが持つ欲求だろう。
しかし、それらの欲求の上に、高次欲求が存在するのだが、全員が全員その欲求を充たしたいと思わなくなる。

「だって、御堂さん。人の話を聞かなそうですもの」
「私だって、意見を言われたら、キチンと耳を貸して検討する。無下に発言権を奪いはしない」
「ふふっ。そうですね。あなたは、仕事には真摯ですからね」
「何だか、そう言われると、他の部分が悪い様に聞こえるな」
「あれ?そんなつもりは無かったけど、そう聞こえていたのなら、何か後ろ暗い所があるのですか?」
「……君には負ける。言葉遊びで、遅れを取るとは、私も歳を取ったな」
「御堂さんは、まだまだお若いですよ」

朝日に煌めく髪が綺麗で、柔和に細まる蒼い瞳が美しい。
数か月前には知らなかった彼の事が、色々と知る度に、充たされるのは何の欲だろうか。
同じリズムで電車の揺れに反応して、他愛の無い話で会話が盛り上がり、電車を降りる時に感じるのは、一抹の寂しさで。

「君は、いくつだ?」
「オレですか?オレは、25歳です」
「出身は?」
「栃木です。周りが山ばかりだったから、初めて海を見た時は感動したな」
「……今は?」
「……。……」
「今は、何をしている?」

日の光で明るくなった街から目を離し、隣の彼を見れば、出逢った当初何かを祈っていた手が、微かに震え出す。
聞いてはいけないのだと、瞬時に悟った。
しかし、彼がそっと私の手に自分の手を重ねるから、謝罪の言葉を口にするタイミングを見失う。

「オ、レ……」

ジワリと濡れていく、蒼い瞳。
それを乱暴に彼が片手で拭うと、顔を俯かせた。
現実逃避したって、見える景色は変わらない。

「ただ……。自分に誇れる仕事が……、したかった……」

マズローの五大欲求の四つ目は、尊厳欲求。
それは、承認欲求とも言われ、他者に認められたい事を指す。
五つ目は、自己実現欲求。
自分の能力を引き出し、創造的活動を行いたいと思う事で。
ごめんなさい。小さな声で、彼がそう言う。
そして自分の手から彼の手が離れ、いつの間にか停車していた電車の扉が開くと同時に、彼の背中がホームへと消えて行く。
追い掛けたい気持ちが溢れるのに、彼の涙で濡れた手を握り締めると、祈っていた意味が解り、自分に追い掛ける権利が無いのを知る。
誰もが平等に生きている訳では無い。
現実と言うのは、努力すれば済む話だけでは無い。
自分と彼を隔てる電車の扉。
動き出した電車の窓から見えるのは、朝日に染まる彼が働いている会社。
彼が居ないまま、会社の営みは開始され、彼が居ないまま一日の終わりを迎える。
そして、煌めく髪も、蒼い瞳も、はにかむ笑顔も、自分の好奇心が全て奪っていった。



他社に足を踏み入れる事は何度もあるが、自ら子会社に行く日が来るとは夢にも思わなかった。
受付で取り次いで欲しい者の名前を言えば、長期休暇を貰っていると返され、それならと所属部署の課長に取り次ぎを願い出れば、苦笑を返される。

「違う部署とお間違いでは無いですか?」
「何故、そう思う?」
「何故と言われまして……、あそこは……」
お荷物部署。在庫処理係。呼び名はどれも、侮辱する意味を含ませている。
間違いないから、そこの課長を呼んで欲しいと頼めば、数分後に人の良さそうな課長がフロアに現れた。

「お待たせ致しまして、申し訳ありません。8課の課長をしております、片桐と申します」
「こちらこそ、突然のご訪問で、申し訳ありませんが、折り入ってお話したい事があります」
「それは、僕にでしょうか?」
「はい。厳密にお話すれば、佐伯さんにお願いしたい事がありまして伺いました」

そう話せば、少しだけ寂しそうな顔をした片桐さんが、取り敢えずこちらでお話を伺いますと、商談スペースの方に案内してくれる。
その中でも、個別用の部屋の方へと案内され、勧められた席に腰掛けた後、両手を握り締めて彼の為に祈った。
これは、自分の我儘で。仕事に私用を持ち込んだ自覚もある。
けれど、何かをしてやりたかった。
それが些細な事だったとしても、切っ掛けになれば良いと思って。

「我が社で開発しましたプロトファイバーの営業を1課では無く、佐伯克哉さんが所属する課にお任せしたい」
「それは……、どう言った意図でですか?」
「私は、最近佐伯さんとお話する機会を戴き、色々と話をする内に彼の様に物事を真摯に捉える方に、自分が開発した商品を任せたいと思ったのです。突飛なのは、重々承知しております。彼がNOと言えば、この話は従来通り、1課の方にお任せしようと考えています。ですが、私は彼にチャンスを与えてやりたい」

傲慢だとも理解している。持てる者の傲慢だと。
けれど、ほんの一時の朝の時間が私には貴重だった。
幸福だったと言っても良い。
彼と話せた事が嬉しかったし、楽しそうに笑う姿は可愛いと思った。
たかが、数か月でと言う者もいるかも知れない。
だが、どこか遠くを見ていた瞳が、自分を捉える度に、思う事は……。
思う事は……。

『それは、恋じゃないのか?』

(私が認めてやる。だから、舞台に上がれ。チャンスを掴んで、自分の物にしろ)

「有難いお話ですが、今佐伯君は……、心の病気でお休みをしておりまして……」
「それは、知っております」
「でしたら、このお話は従来通り……」

ああ、これを言ったら君に笑われるだろうな。

「残念な事に、私はYESしか聞かない」

聞く耳を持てない程、形振りも構っていられない位に、君に逢いたい。



電車が止まり発車する度に、巻き込まれる風に髪を遊ばせていると、改札口からホームに上がって来る明るい髪が見える。
薄暗いベンチに座りながら、おはようと声を掛ければ、困ったかの様に彼が私の隣に腰掛けた。

「オレが来なかったら、どうするつもりだったんですか?」
「どうもしない。ただ、出社の時間に間に合う様に、毎日電車に乗るだけだ。まぁ、三日で成果が得られたのは上々だ」
「……片桐さんを脅したでしょう?」
「失礼だな、君は。私は、お願いしただけだぞ?」

次の電車がホームにやって来るのが遠目に見えて腰を上げれば、釣られた様に彼も腰を上げる。
彼の手には仕事鞄。祈っていた両手は、彼が息を吹きかけて熱を取り戻している所だろう。
滑る様に電車が停車して、まだ薄暗い車内を私達に見せる。
先に私が入り込めば、少しだけ彼の足が迷い出す。

「克哉」

そう彼を呼べば、下の名前で呼ばれた事に驚いたのか蒼い瞳が丸まる。
ゆっくりと手を差し出せば、一つだけ頷いた彼が私の手を取り、車内に乗り込む。
私達を乗せた事で電車の扉が安全に閉まり、いつもの指定席へと二人で座る。
数日間空いた席が埋まる事で、私の心も充たされ、日の光が届く前にこう告げた。

「悪かった」
「……。……」
「事情があると話していたのに、詮索した」
「いえ……。全ては、オレの心の弱さの所為です。今も、ホラッ。手が震えている。オレには、努力する事すら赦されなかったから」
「失礼ついでに、8課に飛ばされたのを、聞いても良いか?」
「……移動前の部署で、反感を買いました。課長の意見を間違っていると指摘すると、その日から仕事を回して貰えなくなった。オレは、ただ少しでも多く商品が売れる事を考えていたのに、課長はそこそこ売れたら商品元の文句は無いからと、営業する事を軽視していたから」

俯く事をせずに日の光を待つ彼が、痛い程に鞄の取っ手を握り締める。
その手に自分の手を重ねれば、表情を和らげた彼があなたの御蔭ですと話す。

「もしかしたら、オレの考えは間違っているんじゃないかと、ずっと悩んでいたけれど、商品元である会社のしかも開発者の方のお話を聞けて、オレは……。オレは、あなたに救われていたんです……」
「克哉……」

朝の日の光が、電車の窓から射し込んで来る。
少しずつ煌めきだす、明るい髪。少しずつ光を取り込み、前以上に美しくなる蒼い瞳。

「チャンスをありがとう、御堂さん。オレは、あなたに誇って貰える様な仕事をします」
「……ああ、楽しみにしている」

日の光に当たる彼が、嬉しそうに笑顔を浮かべて、楽しみにしていて下さいと気合を入れる。
そして、先に彼の会社の最寄り駅に電車が到着するので、席を離れて扉の前まで彼を見送り、ホームに到達して開かれた扉の内と外、どちらともなく握手を交わした。

「行ってきます」
「ああ、行って来い」
「行ってらっしゃい」
「ありがとう。行ってくる。それと……」
「それと?」

発車の音楽が流れ始め、名残惜しげに彼の手を離す。
返事は、明日の朝でも、明後日でも、ずっと後でも構わないと思った。

「私は、君に恋をしている」
「へ?」

間抜けな顔をする彼が電車の窓の向こうに見え、思わず笑いが零れ落ちる。
電車が動き出せば、真っ赤な顔をした彼が鞄を落としていたのが遠目に見えた。






メリュー聞きながら、リハビリ。言の葉の庭パロ的な感じだったり。

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