ショート劇場

□求めた熱
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闇に囚われた気も闇を手なずけた訳でもなく、ただ虚に空間を漂っていた。

「・・・」

《俺》という存在はこんなにも希薄だったのかと思い知らされる。

自分の手の平は闇で見えず。

足元も見えない。

その前に存在するか、どうかも分からない。

「お前は、ずっとここに居たのか?」

自分と入れ替わった前の存在。

弱い《オレ》は《俺》が御堂といる時、ずっとこの闇の中にいたのだろう。

だけど《オレ》が《俺》の存在に気が付くまでは《俺》もここに居たんだ。

けれど《俺》は《オレ》を蹴落とし無理矢理に人格を交代させた。

その罰が下ったのだ。

「すまない御堂」

それでも《佐伯克哉》という存在がお前の傍にいる。

だから心配するな。

約束を捩曲げて、もう一人に託した。

願うなら《俺》が傍に居たかったが。

「そう思うなら、どうして逃げたんだ?」

何処からか聞こえてくる《オレ》の声。

「最初は《オレ》。次は《俺》が逃げ出した」

「・・・」

「逃げる必要は本当は無かったのに・・・」

「何故だ?何故、お前がここにいる?」

闇を睨んで問い質した。

《オレ》がここにいるなら御堂の傍に誰がいてやるんだ?

「ただ信じればいい。お前は強い」

「・・・《俺》は強くない」

首を振って《オレ》の言葉を否定する。

「なら御堂さんの事を信じればいい」

「御堂?」

急に出て来た御堂の名前に驚きながら《オレ》の言葉に耳を貸す。

「御堂さんは、気付いたよ。《オレ》とお前が違うって」

「そんな・・・」

「御堂さんは《オレ》じゃなくて《俺》がいいって言った」

「御堂・・・」

唇を噛み締めて天を仰いだ。

そこには漆黒の闇が続いている。

「帰れよ。御堂さんの所に」

「でも、お前は?」

「・・・」

《俺》が表に出るなら《オレ》が闇に閉ざされる。

「御堂さんは、お前を待ってるんだ」

「・・・」

闇の中で背中越しに暖かい熱が伝わる。

「行けよ」

「・・・」

「行けったら!」

「お前もだ」

「えっ?」

振り返り闇に手を差し延べて手探りで《オレ》の手を掴んだ。

「《俺》とお前は同じだ」

「・・・」

「弱くて情けなくて、色んな事から逃げ出して、入れ替わってきた」

逃げようとする気配を感じ力を込めて引っ張った。

「でも、本当は逃げたくなかった!あの場所に居たかったんだ!《俺達》は!!」

僅かな動揺をした《オレ》を抱きしめた。

「帰ろう。お前も一緒に」

「・・・いいのか?」

「ああ。弱くても、あの人は笑ってくれる」

「・・・そう・・だな」

最後の呟きを吐くと《オレ》は《俺》の中に溶け込んだ。

(帰るんだ。あの場所に)

見上げた闇の中に一つだけ星の様な光が輝いていた。
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