オペラ劇場

□Fry Me To The Moon
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けれど20分立っても藤田くんが戻って来ないので、様子を見に行くと休憩室から怒鳴り声が聞こえてくる。

「どうせ大した事ない奴が、引き抜かれたんだろ?」

「いい加減にしろよ!佐伯さんは、仕事が凄く出来る人なんだ!」

煙草を吹かしながら悪口を言う社員に、藤田くんが食ってかかる。

「あんな人を引き抜いた、御堂部長も大した事ないって」

ゲラゲラともう一人の社員は、御堂さんの悪口を言う。

それに一人で対抗する、藤田くん。

「御堂部長も佐伯さんも、お前らより凄い人なんだ!!」

なんて嬉しい事だろう。

オレを認めてくれる人が、こんなにも周りに居てくれる。

「・・・!」

仲裁に入ろうと足を踏み出すと、急に腕を取られた。

「私が行く」

尊敬する背中が、オレの前を歩いていく。

「み、御堂部長・・・」

「楽しいお喋りは終わりか?私の名前が聞こえたから、仲間に加わろうと思ったのだが」

藤田くんを庇う様に立つと、冷たい視線を二人に送る。

「それに会社から表彰される予定の、佐伯くんの名前を言っていたな?」

「・・・」

「こんなにも彼の名前が広まっているなんて、私も鼻が高いよ」

ククッと喉を鳴らして、最後に一言だけ彼等に問う。

「そういえば、君達は誰だったかな?」

「俺達は・・・、なぁ?」

「ただの平社員ですから・・・」

二人で顔を見合わせ、そそくさと御堂さんから逃げて行く。

「・・・佐伯」

そしてオレに気が付いた彼等に、微笑み掛けて告げた。

「今後、御堂部長の悪口を言ったら潰すよ?」

「「・・・」」

「オレ・・・。歯向かって来る犬に、全力で石を投げる質だから」

そうなったらゴメンねと言うと、全速力で自分の部署へと戻って行く。

これは太一直伝の一蹴方法。

『克哉さんは、優し過ぎるからさ。誰かを守る時は、容赦したらダメだよ?』

『でもお前は、優し過ぎて大丈夫さ。何かあっても、俺達がいるからな』

『仕事に疲れたら、お茶でも飲みに来て下さいね』

本多や片桐さんも、何かとオレを心配してくれる。

(ああ・・・。何てオレは、幸せなんだろう)

こんなにも、心配してくれる人がいる。

こんなにも、認めてくれる人がいる。

こんなにも、オレは誰かの愛に満ちている。

「佐伯さん!気にしちゃダメですよ!俺は佐伯さんと仕事出来て、嬉しいんですから!」

「ありがとう、藤田くん・・・」

「藤田にしては、よくやったな」

「御堂部長!しては、は余計ですよ」

だから些細な事で、傷付いている暇はない。

信頼してくれる皆に、オレはいつも微笑んでいたい。

「本当に、ありがとう」

藤田くんは照れ臭そうに、頬を掻いて笑う。

「どういたしまして」

それを優しく、御堂さんが見守ってくれた。
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