お題劇場

□バッドエンドにはまだ早い
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ざわめく喧騒の中を、会社へと向かう日々。

大人になれば、何かが変わると思っていた。

自身の事、他人との関係、嗜好。

ありふれた毎日に、変わらない自分。

だから他人と線を引いた付き合いしか、出来なかった。

そして今でも、好きなモノは変わらない。

「・・・」

電車に揺られながら、車窓を眺めると向かいのホームに気を取られる。

正確には、一人の男性に瞳を奪われた。

(嘘だ・・・、有り得ない)

息を呑む程に変わらない姿に、安堵と今すぐ逢いたい衝動に駆られる。

「克哉くん・・・」

あの日々の想い出が、色鮮やかに蘇る。

けれど俺は、最後に彼を傷付けた。

(逢いたい、逢いたい、逢いたい・・・)

真っ直ぐに前を向く、蒼い瞳。

泣きたい位に、想い出の彼と変わらない。

『間もなく、発車致します』

車内にアナウンスが流れ、発車のベルが響く。

目の前で電車の扉が閉まり動き出したあと、彼の顔が鮮明に見える。

向かいのホームの彼がコチラに気付き、一瞬だけ動揺した瞳を注がれる。

「君に、ずっと逢いたかった」

この言葉は向かいまで届かないので、柔らかく微笑むと

『久しぶり』

彼の唇から聞き取った言葉で、心が満たされた。

そうだ、バッドエンドには、まだ早い。

ここから、もう一度始めよう。

今度こそ俺は、君に優しくありたい。

次こそは、君を絶対に傷付けない。

だから君の笑顔を、傍で見させてくれ。

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