HIT記念

□ママはパパのもの、パパはママのもの
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「パパ、お待たせー!…咲耶、ちゃんと靴履いて!かかと踏んじゃダメよ?」

「わかってるってば。あ〜、面白かった♪」

「ふたりとも、お疲れさまv…おなかすいたでしょ?」

「うん!」

「晩ご飯なぁに?」

「今日はねー…」


今日は少林寺の日。


なんでも出来て心配性のパパは、時々、いろんな“危ない時”に応じた対処方法を教えてくれる。

小さな女の子でも大人の男の人を倒したりする方法とか、逃げるための隙を作る方法とか。パパはいろんな武道を修めていて、いろんな技を知っている。それが面白くてもっと本格的にやってみたくなった私は、3年生から少林寺の道場に通い始めた。

家から一番近かったから少林寺を選んだだけなんだけど、とても楽しくて気に入っている。一年生から入門出来るので、今は咲耶も一緒。


“人作りのための「行」”だという少林寺拳法。礼儀作法はうるさく言われるし、「教え」がどうの「心得」がどうのと面倒なお話の時間も多い。私は、たぶん咲耶はすぐにあきるだろう…と思っていた。

ところが、意外にも咲耶はそういった「お話」が面白いらしい。パパにあれこれと聞いては「なるほどなー」なんて偉そうにつぶやいている。…本当に意味わかってんのかしら?


学校が終わると一度家に帰っておやつを食べてから道場へと向かう。

道場へはいつもパパが送り迎えをしてくれる。おやつを食べても「組手主体」の“修練”が終われば、私たちはお腹ペコペコ。



「…あれ?おい、もしかして…碓氷?」

後ろから誰かが声をかけてきた。あれは…さっき見学していたおじさんと男の子だ。

「…?あ、お前、…武沢?」

パパの知り合い?…会ったことない人だけど…。

「やっぱり碓氷だー!うわぁ、お前、全然変わんないなあ!!高校ん時のまんまじゃん…今何やってるんだ?」

おじさんはずいぶんと嬉しそうにパパの肩をバシバシと叩いた。

パパにこんなことする人ってめずらしいなぁ。…それに『碓氷』とか『お前』とかって呼ぶ人も。みんな『碓氷さん』って言うもんね。

あ、葵さんは『あんた』って言うか。

「美人でやり手の奥さんが養ってくれるから、主夫」

「主夫〜!?お前、あれだけ何でもできるのに?」

「家で小遣い稼ぎ程度仕事してるけどね」

「もったいねーだろそれ!?…あっ!そういやお前、鮎沢と結婚したんだよな?…う〜ん、まあなぁ、確かに鮎沢なら、“バリキャリ”ってやつだろうなぁ…。けどさぁー…」

へー、ママの事も知ってるんだ。

あっ、こっち見た。

「えっとー?…もしかして、娘さん?」

「こんにちわ。ほら、咲耶」「…にちわ…」

「こんにちわ。さすが碓氷の子。かわいいねぇv」

「でしょ?長女の美月と次女の咲耶。うちの自慢の娘たちだよ。…武沢は?」

「これが長男の悠太。小1。後はひとつ上に女の子がひとり。仕事はまぁ、フツーのサラリーマン…転勤で昨日この近くに引っ越してきたところでさ。…悠太、挨拶は?」

「こんにちわ」

「こんにちわ、悠太くん。…この近くなら同じ小学校かな。咲耶も1年生なんだよ、仲良くしてやってね」

「碓氷ん家もこの近くか?」

「歩いて10分くらいだよ」

「うちは2、3分ってとこだ。じゃあ結構近くだな」

悠太くんか。同じ1年生でも咲耶よりずいぶん小さいなぁ。幸村さんのところの祥仁くんと同じくらい?もうちょっと小さいかも。

「しかし驚いたなぁ…俺、お前が少林寺やってたって聞いてたからさ、子供に習い事させるなら絶っ対少林寺、って思ってたんだ。でも今まで手頃なところがなくってさ…こっちに来たら近くに道場があるっていうから、早速見にきたんだよ。そしたらお前に会うなんて。な?」

「そうだな」

「碓氷んとこの子が通ってるなら、考えるまでもないよな。…よしっ!悠太、頑張れよ!!少林寺でしっかり鍛えて、碓氷みたいになったら、将来モテモテでウハウハだぞぉ!!」

楽しそうに笑うおじさんにパパは目を細めて笑っている。…ふ〜ん…お友だち、なのかなー?



「あっ!ママ!!」

咲耶の声に振り返る。

…ホントだ。ママがこんな時間に帰ってくるなんて、めずらしい。

ママはこっちに気づいて手を振ると、駆け寄ってきた。

「やっぱりこっちだったか。いやな、急に打ち合わせが1件キャンセルになったんで早く帰れたから…ええっと…」

「武沢だよ。美咲、覚えてない?」

「…ああ!武沢かー!…へーっ、ちゃんとお父さんしてるじゃないか、わからなかったよ」

ママともお友だち?…なんかおじさん、びっくりした顔で固まっちゃってるように見えるけど…。

「…鮎沢って、美人だったんだなぁ…」

「そうでしょ?」

パパったら得意そう。やきもちやきのクセに、意外と自慢したがるのよねv…一方ママの方は…。

「…世辞を言っても何もやらんぞ。…あ、これ、名刺」

「あ、ああ、俺もたしか持ってるから…。え?この会社って…」

「なんだ、知ってるのか?」

「…もしかしてさ、今日の打ち合わせキャンセルって…この会社だったり…する?」

おじさんはなんだかおそるおそる、といった感じで、ママに名刺を差し出した。

「お?おお、そうだこの会社だ。…なんだ、お前ここなのか。偶然だな」

「何?もしかして、取引先?」

「ああ。割と最近付き合い始めたところだ」

「なるほどな〜。すっごいやり手の女課長で、今の担当じゃ全く歯が立たないからー、つって俺が呼ばれたんだけど。そっか、鮎沢かー、“鬼会長”だもんなー…」

おじさんは腕組みをして“うんうん”とうなずいている。

「へぇー、呼ばれた…って、武沢って結構エリートなの?」

「別にそういうわけじゃ…なんか、面倒な相手だとお声がかかって大変だよなー、…とか人からは言われるんだけど…でも俺、そういうの別になんとも思わないっつうかー…」

「…なぁるほど。お前も変わらないねぇ…」

「なんだよ!私は“面倒な相手”かよ!?」

「まぁまぁ、そんな怒らないの。美人が台無しだよv…それがさぁ、来週から引継ぎ予定なんだけど、今の担当出社拒否してるらしくてさ…最悪一からやり直しかも。よろしく頼むなv」

「…はぁ!?それで今日の打ち合わせキャンセルだったのか?…まいったなぁ…担当代わるなんて一言も…」

「美咲ちゃん、そんなにいじめたの?」

「別にっ!…私はその、普通に仕事しただけだ、…と思うんだが…」

ママはポリポリと後ろ頭をかいている。…“困ったな〜”のママのくせ。これパパもなのよね。…仲がいいとくせまでうつっちゃうのかしら?

「ま、今の若いヤツ根性無いの多いからさ。…実は俺まだ事情よくわかんないんだよねー、転勤の話出たの先々週で、辞令で場所知ったの先週だよ?引継ぎも何もあったもんじゃない…はぁ〜っ、まったく、辛いよなサラリーマンは。紙切れ一枚で“はい、いってらっしゃ〜い!”だからなー」

「転勤かー…お前はいいだろうけど、付き合わされる子供は大変だよな。…こんにちは。名前は?」

「こんにちは。…悠太」

「ふふっ、悠太くんかー、よろしくな。…で?今日は?」

ママは嬉しそうに悠太くんの頭を撫でた。

「道場見に来たんだって」

「へー、お前がやるのか?」

「いや、うちの悠太をね、将来碓氷みたいにしようと思ってさ」

「はぁ?…こいつみたいにって…?」

「女にモテモテだっただろ?」

「…あ、ああ…まあな…」

「すごかったよなー…あの頃の碓氷の人気っつったらそりゃあもう、あの辺りの女の子って、ほとんどが碓氷狙いでさ、俺ら全然相手にしてもらえなかったもんなー」

へー、さすがパパ。今でも格好良いもんねv

「俺だって見た目じゃそれほど負けてなかったと思うんだけどなー。実際、全く女いなかったわけじゃないし…。だからさ、俺に足りないものを、ちょーっと補ってやったら、悠太はそこそこいけるんじゃないかと思ってさ…」

「…ふ〜ん…」

「まぁ、俺の青春時代のリベンジ、ってとこ?それと…やっぱさぁ〜、うちに若くてかわいい女の子がいるっていいじゃん?」

「はぁ?」

「なっ、悠太。ガールフレンドとか彼女とか、どんどんうちに連れてきてくれていいからな!親子なんだからきっと悠太は俺と好み似てるだろうしさ。…それで、中でも一番かわいい女の子が悠太の嫁さんになって、俺のこと“お義父さんv”とかって…なんかさぁ、“息子の嫁”って、娘とはまた違った趣があって、いいと思わねぇ?な?」

「…お前…」

パパはなんというか、呆れた顔?…パパのこんな表情って、めずらしい…。

「別に変なこと考えてるわけじゃないって!なんとなくだよ、なんとなく。…しかしあの“鬼会長”がねぇ…ちゃんと女だったんだなぁ…ふ〜ん…」

そう言うとおじさんはパパとママを見比べるようにじろじろと見た。

「…なんだよ…」

「いやいや、今見るとお似合いだなぁと思ってさ。あの頃は、なんで鮎沢が女に見えるんだ?…って真剣に思ったけどさ。だってみんな女どころか“人間じゃない”って言ってたじゃん?」

「…ああ、ああ、そうだろうなっ!」

「それが碓氷とだからなぁ、ほんっと、あの時は驚いたよなぁー。碓氷の彼女ってどんないい女だろう、つってみんなでいろいろ想像してたのにさ、よりによって会長だもんな。そこらの男よりよっぽど男らしいとかいって、星華じゃ碓氷の次に女子に人気だったのにさー…」

「…ああ、そうだよ!どうせ私は“男らしい”の見本だよっ!!…悪かったなっ!!」

「…武沢、その辺にしてくれない?」

「はっ?何が?」

ママは横を向いてしまって、今度はパパが頭をポリポリ…。

「…悪気は全くないんだよ、こいつは」

「…フンッ!!」

「…あっ、悪ぃ悪ぃ、何か気に障った?…昔の事だよ、昔の事!今はすっげぇいい女じゃん。なぁ?」

「…ま、こういうやつだからさ…少なくとも“出社拒否”はないし、…意外と仕事やりやすいかもよ?」

「…そう願うよっ!…ったく…」



ママが“かっこよかった”って話は、小さい頃から幸村のおじさんに聞かされてるけど、へぇ…。



………それにしても、…お腹すいたなぁ…。




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