Thank you!

□お風呂
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「美咲〜、紗奈〜、どっちかお風呂入りなさ〜い!」

「「は〜い!」」

「お姉ちゃん、先入ってよ。私ドラマ見たいから」

「おう。じゃ、先、いただくぞ」

「うん」



部屋に着替えを取りに行き、脱衣所へ。
ここ数日、朝晩かなり冷え込んできて、服を脱ぐのはかなり寒い。軽く掛り湯をして湯船につかる。

身体がじんわりと温まってきて、リラックスして身体を伸ばす。勉強やバイトで凝った身体をストレッチ。
いつもの習慣をひととおりこなした後、脱力して天井を見上げると、…浮かんでくるのは、口の端を片方あげてニヤリと笑うあいつの顔。


…好きだと気付く前には腹立たしく感じたあの顔が、今はこんなに心を安らかにさせる。


なんだか恥ずかしくなってきて、美咲は身を縮め、鼻まで湯船につかった。



父が蒸発した。借金まで残して。一番信頼するべき男に裏切られた。

母も妹も居るけれど、親に“捨てられた”という孤独感は否めない。ましてやそんなことをする人間と“血が繋がっている”という屈辱。

深い悲しみの奥から沸き上がってくる怒り。


自分は絶対に逃げたりしない。
弱い者を見捨てたりなんかしない。

そう心に誓って、がむしゃらに過ごしてきた日々。

どんな時も消えることの無かった悲しみと怒りの固いしこり。


それが、…あいつに抱き締められるだけで、癒えていく気がするのはなぜだろう…。



美咲は湯船から上がると、洗面器で浴槽の湯を掬い、頭に注いで髪を濡らし、シャンプーを手にとった。
シャワーは最後にすすぐ時だけ。何事も節約だ。


髪をすすいで、石鹸で手際よく顔と身体を洗って流す。

ふと、鏡に映る自分が目に入った。


毎日のトレーニングで、筋肉質の細い身体。スレンダーと言えば聞こえはいいが、女の子らしさなどまるでない。胸のふくらみがなければ、むしろ少年のようにも見える。

…あいつはこんな私のどこがいいというのだろう。
いつも“可愛い”と言い、“綺麗だ”と言ってくれる。その言葉を疑うつもりはない。だって、痛いくらいの愛情を注いでくれる、それは確かに感じているけど。

「そういえば目が悪かったんだな」
くすりと笑う。


胸に残る赤い痕がひとつ。あいつがつけた“印”。
…愛された痕。

指先でそっと触れてみる。すると碓氷の唇や手の感触が思い出されて、美咲の顔には熱が集中していった。

慌てて浴室を出た。


脱衣場は寒く、熱を冷ますにはちょうど良い。


「お姉ちゃ〜ん、あたしそろそろ…どうしたの?」

紗奈が脱衣場の戸を開けると、そこには胸をバスタオルで押さえて蹲る美咲がいた。

「な、なんだ紗奈!いきなり入ってくるな!」

赤い顔で怒鳴る姉を不思議な面持ちで見る。

「何言ってんの?お姉ちゃん。うち、女ばっかだよ?今までそんなことひとことも…」

「う、うるさい!親しき中にも礼儀あり、って言うだろ!」

そういう姉を目を細めて見つめる。

「変なお姉ちゃん」

そう呟いて戸を締めた。

廊下に向き直ると、思わず笑いが出る。

「わっかりやす〜」

(あのお姉ちゃんがねー…)


紗奈が出ていった後、美咲は大きくため息をついた。

(ま、紗奈はまだ子供だし…)

妹が自分よりはるかに鋭い事にさえ、気づいていない美咲であった。




.2009/11/22

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