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□☆スイート・バレンタインデー
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午後6時。美咲は会社の先輩とバレンタインデーのチョコレートを買いに来ていた。いわゆる“義理チョコ”だ。
美咲自身はそういうのは馬鹿馬鹿しいと思うのだが、部署の女性みんなで出しあって…ということであれば自分だけ抜けるというわけにもいかない。
「めんどくさいからやめようって話も出るんだけどね、今はお歳暮もお中元もしないし、社内で“プレゼント”なんてなかなかすることないじゃない?値段も安いものだし、なんだかんだ言っても、もらった人ってみんな嬉しそうだし、年に1回くらいこんな機会があったっていいと思うの。なんていうか、コミュニケーションの一環?」
さつきさんに似た感じの優しい先輩は、人あたりがよくて親切で仕事も速い、信頼できる人だ。
「ま、何より私がこういうの選ぶの好きなのよねvなんだかわくわくしない?イベントって乗らなきゃ損よ。ま、会社だとどうしても“部長はこのくらい、課長はこのくらい”みたいなのも考えないといけないんだけどねー」
ちょっとした“お食事会”や“愚痴大会”なんかも主催する、世話好きで話好きなお姉さんタイプ。…自身が人の世話を焼く立場になる事の多かった美咲には少しくすぐったいが、気に入られたようで、何かとかまってくれる。
「人の喜ぶ顔を想像しながらあれこれ見るのも面白いじゃない。新人君には受け狙いに面白いのにしようかなーとか、主任はブランド好きだからー、とか」
社内の人間関係にも詳しく、仕事の合間や休憩時間にあれこれと面白おかしく話を聞かせてくれたりする。
「ホワイトデーのお返しがまた、その人の性格とか出て面白いのよねー。植田課長は毎年違うお店のお菓子なんだけど、いつもすっごくおいしいの!高橋課長は奥様が準備してくださるんですって。だいたいブランド物のハンカチセットかな。別に、こっちはお返しが欲しくてしてるつもりはないから、気を遣わなくていいですよ、って言うんだけど、ホワイトデーに両手一杯にお返しを抱えて帰るのがまた、嬉しかったりしてねv」
無邪気な笑顔はまるで子供のように楽しげだ。
「あっ、チョコの前にちょっと寄りたいところあるんだけど、いい?」
「ええ、かまいませんよ」
「私、彼氏ともう付き合い長いから、今更“チョコ”って感じでもないのよね。それでも毎年買ってたんだけど、彼が“お菓子屋に踊らされて高級チョコ買わなくても、普通の板チョコで十分”とか言い出して。じゃあ、今年はちょっと趣向を変えてみようかと思ってね…。美咲ちゃんもどう?彼とは結構長いんでしょ?」
「ええ、まあ…」
かれこれ6年以上…でも未だに美咲は“彼”とかいう言い方をされると恥ずかしい。
「やだ、かわいいー!真っ赤になっちゃってv…まさか何にもないわけじゃないんでしょ?だって、高校の時からって言ってたわよね?」
「ええ、いや、あの…、まあ、そ、それなりには…」
どうもこういう話は苦手だ。
「お泊りデートvなんて日もあるんでしょ?…昨日と同じ服だー…とかいうのは記憶にないけど」
「え、ええ、まあ…」
碓氷の家には着替えが一式、というか碓氷の手で十分にそろえられているので、そういう心配はないのだが。
「なーんか歯切れが悪いわねぇ…、仕事の時の元気な美咲ちゃんとは別人みたい」
「そ、そうですか?…いや、どうもこういう話は苦手で…」
「ぷぷっ、かっわいい〜!…やっぱり私美咲ちゃんって好きだわv」
「あ、ありがとうございます…」
「美咲ちゃんがそ〜んなに恥ずかしがり屋さんだとはねー。じゃあちょっとこういうのは無理かな?…ここなの、私の寄りたいところ」
「え…ここですか?」
******
「まいったなー」
バレンタイン当日、なぜか美咲は数人の女性からチョコをもらってしまった。
「美咲ちゃんは、そこらの男よりよっぽど男前だもの、わかるわ〜。あ、紙袋、いる?持って帰るだけの量あるわね」
ということで先輩に大きな紙袋をもらい、袋いっぱいのチョコを持って帰るところである。いや、実はこれから碓氷の家に行く予定なのだが。
「これってやっぱり、お返ししないといけないんだろうなー…」
高校でもいくつかもらったが、あの頃は義理とかそういうのもなく、勝手に机や下駄箱に入れてある場合もあり、“お返し”なんて必要なかったのだが、社内の人や取引先となると、そうも行くまい。
…そういえば先輩が、“お返しには性格がでる”とか言ってたっけ。ということは、あんまりへんなものにはできないということで、何か気の利いたもの、美味しいもの、洒落たもの、なんにしろ…センスが問われる。
「苦手だなー、こういうの」
ま、どうせ碓氷はもっともらっているに違いない。こういうことはそれこそ、あいつに相談するに限る。…なんとなく面白くないが。
合鍵はもらっているが、念のためインターホンを鳴らし、ドアを開ける。
「碓氷ー!帰ってるかー?」
「美咲ー?どうぞ、あがってー!」
「お邪魔しまーす」
リビングに入ると案の定、そこにはチョコの山…。
「わー!さすがだな…」
「チョコ?まったく…学生時代は全部断ってたけど、会社ってそうは行かないから困るよね。“義理ですか?本気ですか?”って聞くのも失礼だろうし…一応全部義理のつもりでもらったけど…」
「お前の会社って女性多いのか?」
「いや…取引先とか子会社とか、いろいろ…。これでも“彼女いる”って宣伝してるんだけどねー。面倒だけど仕事に支障が出るのも困るし、何かお返ししないといけないだろうから、今、リスト作ったとこ」
「…その、お返しってどんなのするんだ?実は、その、私もな…」
「…美咲も?って、もしかしてその袋…」
「ああ、ほら…」
「大変だね…。あ!…まさか“逆チョコ”もらってないよね!?」
「だっ、大丈夫!全部女性からだ!」
「…ホントにぃ?」
「信用しろ!私も、その、一応…か、彼氏いるって言ってあるし、もともともてたことなんかないし…だいたいお前、しょっちゅう会社来るじゃないか!?しかもわざわざ、花咲かせて!!」
「そりゃーもちろん、虫は早めに、こまめに払っておかないとねv…やっぱり同じ会社にすればよかったかなー」
「それはイヤだって言っただろ!…お前がいると、その…ペース崩されるし…気になるし…」
「…美咲…それって、誘ってる?」
「はぁ!?」
「だって、俺がいると気になって仕事が手につかないんでしょ?かわいいv」
「ばっ!そ、そんなこと言ってない!」
「言ってるってば。…美咲v」
「わ…や…そっ!それより腹減った!は、早く飯食わせろ!」
「…ちぇっ、ま、今日はお泊りだからいいか。…後でゆっくり、ね」
「う、うるさい!」
「はいはい。…あ、お腹すいてるならチョコ食べてていいよ。もうリスト作ったから好きなの開けて食べて」
「え…でもこれ、お前がもらったものだろ…」
「ひとりでそんなに食べれないし、太って美咲ちゃんに嫌われたら、拓海泣いちゃうv」
「アホ…。いや、私も自分がもらったのあるし…」
「美咲ちゃんのはお母さんと紗奈ちゃんのお土産にすれば?…美咲ちゃんは俺の食べなよ。“もてる彼氏”がいる女の子の特権、でしょ?」
「…まー、な」
…碓氷が“もてる”のは今に始まった事じゃない。…さすがに否定できない。…面白くはないが。
「じゃ、俺、食事の支度するねー」
「おう」
…待っている間に碓氷を見習って簡単なリストを作る。包装紙に軽くメモをしておいたので、書き出せばいいだけだから簡単だ。
…数もそんなに多くはない。
“コミュニケーションの一環”…先輩の話を聞けばなるほどと思うが、やっぱりこういうのは憂鬱だ。
「しかし、すごい量だな、ホントに」
確かに、この量をひとりで食べるのは大変だろうし、仮にもプレゼントなんだから他人にやるわけにも…少し手伝ってやるか。
しかし、これ…あいつ“義理のつもり”って言ってたけどこの包装紙は義理でも部長か役員クラスだぞ!?こっちなんか確実に本命用だし、これは確か1粒がいくらっていう…先輩とチョコ売り場歩き回ったから、無駄にその辺は詳しくなったが、う〜ん…。
自分の用意したものを思い浮かべて溜息が出る。これじゃあホントの“本命”が一番見劣りがする。別にこんなものにそんなにお金をかけることはないと思ってはいるのだが、…なんだかちょっともやもやする。
…先輩に勧められた物も一応持ってきたが、あれも、ちょっとなぁ…。
美咲は、山の中から比較的地味な包装の小さな箱をひとつ手に取った。
開けると中には一口大のチョコが10粒。
…これでいくらぐらいするんだろう。社会人になっても貧乏性の抜けない美咲はそう思いながら1粒を口に入れた。
噛むと中から液体が口の中に溢れ、喉がカッと熱くなる…わっ!これお酒が入ってる。失敗した…!
そう思ったが吐き出すわけにもいかずに飲み込んだ。
20歳になっても社会人になっても、美咲は1滴も酒を口にしたことがない。
もちろん、叶の“催眠術事件”の所為だ。
あの時の醜態を聞かされ、証拠まで見せられた身としては、とても人前で酒を口にする気にはならず…おまけに碓氷にもうるさいくらい“飲むな”と言われている。
まあでも、チョコレートに入ってるくらいならたいした量じゃないだろうし、…意外とうまい。少し顔がほてってきた気がするが意識はしっかりしている。もうひとつくらい食べても大丈夫だろう…そう思った美咲は、もう1粒手に取った。
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