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□☆尽きることなく
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― 箱に入れて
閉じ込めてしまいたい
鍵をかけて
誰にも見せない
誰にも触れさせない
俺だけを見て
俺だけを感じて
こんなことばかり考えてしまう
俺は 病気だろうか ―
電車の中。
用事を済ませて、美咲のお迎えにメイド・ラテへと向かう。
少し用が長引いてしまったので焦ったが、なんとか間に合いそうだ。
俺は安堵の吐息を漏らし、所在なく電車に揺られる。
ふたり手を繋いで他愛もない話をしながら歩く幸せなひととき。
それを思えば苛立ちは消え、胸の中は温かい気持ちにつつまれる。
…目的地より2つ前の駅のホームに列車が滑り込もうとした瞬間、聞こえた悲鳴とそれに続く急ブレーキの耳障りな音。
バランスを崩し慌てる乗客。…嫌な感じ…。
しばらくして車内を流れるアナウンスに、自分の予測が当たった事を知る。
人身事故の為、しばらく列車は停止。幸いホームには入っていたので、駅にはもう少しすれば降りれるらしい。
…ここで降りてタクシーを拾った方が早そうだ。
人混みをかきわけて走り、タクシーへと乗り込む。残念ながらお迎えには間に合いそうにない。
思わず漏れる長い溜息。
閉店後のメイド・ラテの裏口の暗い路地で待たせる事になるのは嫌なので、美咲にメールを入れた。
先に帰ってて、追い掛けるから、と。
「ひとりで帰れるから大丈夫だ」
彼女からの返事は素っ気ない。
こちらはほんの僅かな時間でもいい、傍に居たい、触れていたいという気持ちでいっぱいだというのに。
俺は苦笑いしながら目の前の車の列を睨みつけた。
いつもは二人で歩く道をタクシーでたどる。
とうとう美咲の家まで来てしまい、タクシーを降りた。
…せめて声だけでも、そう思って携帯をならす。
『もしもし』
「もしもし、美咲?追いかけたけど間に合わなかったかな。今、美咲ん家の前」
『え?そうなのか?…大丈夫って言ったのに』
『みさきちゃん、それ、拓海から?』
電話の向こうから男の声が聞こえた。この声は、深谷か…。
「美咲、…今、家?」
『あ?いや、家の近くの公園『拓海!お前みさきちゃんのこと…』…お、おい、よせ、深谷…』
「!?」
俺はすぐに走り出した。あそこなら何分とかからない。
「すぐそっち行くから!」
怒鳴ったが電話は途中で切れてしまって、俺の声が届いたかどうかはわからなかった。
小さな公園。すぐに二人が目に入った。美咲の腕をつかんで何か言っている深谷。
駆け寄って深谷の手を払いのけ、美咲を引き寄せて両腕で抱き締める。
「碓氷…」「拓海?」
「気安く触らないでくれる?もう、俺のなんだから」
深谷は驚いて目を丸くしていたが、…しばらくして笑い始めた。
「ははっ…なんだ、ちゃんと付き合っちょるんじゃね。よかったね、みさきちゃん」
「す、すまん、深谷…」
申し訳なさそうに小さな声でつぶやく美咲。
「大きなお世話だよ、三下くん」
「碓氷!深谷は心配してくれたんだから…」
「それでなんでこんな公園に連れ込まれてるの?ダメだよ、男はみんな狼なんだから」
「碓氷!違うって!」
「いいっちゃ、みさきちゃん。確かに、余計な事やったけん、でも…」
深谷は俺に向かって指を突き付けて言った。
「俺はみさきちゃんを諦めるつもりはないけん!みさきちゃんを泣かしたりしたら許さんからな、拓海!」
「わかってるよ」
こいつが本気なのはよくわかっている。
だからこそ、こいつが美咲に近寄るのが嫌でたまらない。
ましてやこいつは美咲の“幼なじみ”。人情家の美咲はそういう相手を突き放す事が出来ない。
そこに付け込まれれば流されてしまわないとも限らないのだ。
ただ、深谷はそんなことをする奴じゃない。
それもよくわかっているのだけれど…。
「もう遅いから帰ろう、美咲」
「あ、ああ。…すまん、深谷。…また明日学校で」
「うん。ばいばい、みさきちゃん!…拓海も」
俺はひらひらと手を振って、美咲の肩を抱き歩き始めた。
「あ、あんな言い方しなくたって…元はと言えば、私が、その、うまく説明出来なくて、深谷に勘違いさせちゃって…」
「…大体予想はつくけど?でも、美咲に触る奴は許せないの。いい加減、美咲も自覚してよ、そこんとこ」
「…すまん」
美咲はうつむいて、黙ったまま俺に手をひかれて歩く。
「…せっかくふたりでいるのに、他の男の事なんか考えないでよね」
しばらくしてそう声をかけると、やっと顔を上げた。
「そんなんじゃ…!」
「美咲は優しいから。でも、あいつの想いはあいつのものであって、美咲には何の責任もないでしょ?」
「…でも、私が傷つけたんだ。あんな辛そうな顔…」
「俺も辛いんだけど?美咲が今夜ずうっと他の男の事考えているかと思うと」
「えっ?」
俺は足を止め、美咲に軽く触れるだけのキスをする。
「それがわかってるのにこのまま家に帰すのは嫌だな…お持ち帰りしちゃダメ?」
「明日学校だろ。…それにもう母さんに帰るって電話しちゃったし」
「そっかー」
ニヤリと笑って冗談っぽくつぶやいてみる。
「一発当て身を食らわせて拉致するって手もあるんだけど?」
「な!」
俺は出来るだけ優しく微笑い、美咲の頭を撫でた。
「…男ならやろうと思えばそれくらいできるんだよ、って事。簡単に信用しちゃダメ。…たとえ幼なじみでも」
「深谷はそんなやつじゃ…」
「わかってるよ。そんなこと」
わかってるんだけどね。
「ほら、もう帰らないと。お母さん、心配してるよ」
「う、うん。…あ、あの、…碓氷」
「ん?」
「す、すまん」
「いいから、ほら」
「うん。…じゃ、また明日、な」
「また明日」
美咲がちゃんと家に入るのを確認して、…帰る気にならなくて、しばらく美咲の部屋の窓を見つめていた。
わかっている、頭では。
でも、気持ちはどうしようもなくて。
心が軋む。まるで今日聞いた電車のブレーキ音。
「…本当に監禁したくなってきちゃったなー」
俺は小さく呟いて頭をがしがしとかくと、ゆっくりと家路を辿る。
美咲の居ない場所に“帰る”なんて気持ちにはさらさらなれないけれど。
*****
翌日の放課後、美咲が二組にやってきて、俺に声を掛けた。
「どうしたの、会長。…珍しいね」
いつも廊下ですれ違っても目も合わせないのに…人前では。
「いや、あの、…ちょっと話したい事があって。…よかったら、帰りながら話さないか?」
…季節はずれの台風でもくるんじゃないだろうか。
「いいけど。…生徒会は?」
「今日は特に急ぐ仕事もないし、…幸村に任せてきた」
「そう。じゃ、いこっか」
クラスの奴らが注目している。ま、俺は別に構わないけどね。
「で、話って?わざわざクラスに来るなんて、急ぎ?」
美咲はずっと黙っているので、学校から離れて星華の生徒の姿がなくなったあたりで、俺から声を掛けた。
「その…碓氷の家で話したいんだが、いいか?」
「俺はいつでも大歓迎だけど…バイトは?」
「…休みにしてもらった」
「週末によく休めたね、美咲ちゃんが」
「ん…そ、それで」
「まだあるの?」
「あ、あの…迷惑でなければ、なんだが、その…泊まってもいい、かな?」
俺は本気で空を仰いだ。
いや、いい天気だし、嬉しいんだけど。
「本当に?」
美咲は真っ赤な顔でうなずいた。
「じゃあ、夕食、腕を振るうよ。…リクエストある?」
「碓氷の料理なんでも美味しいし、任せる」
「そうだな…じゃあちょっと買い物していこっか」
「ああ」
毎日がこんな風ならいいのに。
美咲と一緒に辿る帰り道。それはいつも甘い幸福感に包まれている…。
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