SS

□☆誰も知らない
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「…っ、もう、勝手に言ってろ。この、変態宇宙人」

ぶっきらぼうに吐き捨てる美咲。だが、その顔は胸の内に沸き上がる喜びと安心感に微笑み、赤く染まっていた。

「ふ〜ん?じゃあ早速おしおきさせてもらおうかな?…どんなのがいい?美咲ちゃんv」

そんな美咲の顔を碓氷はニヤリと笑いながら覗き込む。

「はぁ?ここでか?…って、いっ、いったい何するつもりだよ!?」

「さ〜て、何がいいかな…」

そう言いながらさらに碓氷は美咲ににじり寄る。

「わっ、ちょっ…、あ、そ、そうだっ!まだ掃除が…!も、モップ!モップ返せよお前っ!!」

モップを取り返そうと手を伸ばした美咲を、碓氷は先ほどセディに見せつけた様に片手でしっかりと抱き寄せた。

「…ふっ…顔真っ赤だよ鮎沢。…じゃあご期待に応えなくっちゃねv」

「き、期待ってなんだよっ!何考えてんだアホッ!」

「美咲ちゃんこそ、何考えてんの?や〜らしいな〜v」

「…ばっ…!お、お前と一緒にするな、アホ碓氷っ!」

そんな風に争っているのかいちゃいちゃしているのかよくわからない様子のふたりの視界の隅を、何かが横切った。

ムフッv

コロン♪

「だいたいなんで私がおしおきなんだよっ!」

「美咲ちゃんがあぶないことばっかするからでしょ〜?」

ムフッv、ムフッv

コロンコロン♪

「だって……ってなんだ?…この花は…」
 
ムフッv、ムフッv、ムフッv、ムフフフフッv

コロコロコロコロ♪……ワサワサワサッ♪♪


「…あっ…店長…!」

花が転がってきた方向を目で追うと、階段の途中でこの店の店長さつきが大量の小さな花に埋もれ瞳を輝かせていた。

「あらやだ〜、ごめんなさいねvお邪魔しちゃったわ〜♪ムフフv…じゃあ私、もうちょっと裏の方片付けてくるから、気にしないでどうぞ続けて、美咲ちゃん、碓氷くんv…ムフフフッv」

「…じゃあ、お言葉に甘えて…続きしよっか、美咲ちゃん♪」

「〜〜〜するかっ!いい加減離せよっ!このアホゥッ!!」

「あ〜心配しなくても、閉店後のホールでふたりが抱き合ってたなんて、誰にも言わないから安心して〜ムフフフv」

小さな花を撒き散らしながら軽やかにバックヤードへと向かうさつき。どうやらセディの来訪には気づかなかったらしい。

「いやっ、ちがっ!違います店長!!誤解ですっ!!」

「もう、照れちゃってしょうがないな〜。じゃあ、俺も掃除手伝うから、後でゆっくり、ね、美咲ちゃんv」

「うるさいっ!!」

「あぁ〜っ!!萌えの花が〜っ!!ムフフフフ〜♪♪♪」





*****



「…そ・れ・でっ!〜〜何なんだよっ!この体勢はっ!!」

「何って…おしおきタイム。でしょ?」

メイド・ラテ近くの公園。ベンチに座る碓氷は美咲を膝の上にしっかりと横抱きにしている。美咲は逃れようと必死に両手を突っ張るが、碓氷はにこにこと微笑んだままびくともしない。

「〜〜離せよっ!こんなとこ見られたらまずいんだろっ!」

「え〜?見られてなかったらいいんだ?」

「ち、ちがっ…だからそうじゃなくてっ!」

「…大丈夫だよ、とりあえず今日は帰ったみたいだし、それに…」

「それに?」

「…もう、誤魔化すのはやめたから」

「へ?」

碓氷は、穏やかに美咲に微笑みかける。その笑顔の鮮やかさに美咲は吸い寄せられるように見蕩れてしまう。

「…“碓氷”の家にね、行ってきたんだ」

「…家、に?あの…昼休みの後?」

「うん」

「…なんだ…そうだったのか…」

午後から姿が見えなくなった碓氷。てっきり、自分が避けられているんだと思い込んでいた美咲は、俯くと安堵の表情を浮かべた。

「“納得が行く理由をきちんと説明してくれるんじゃなきゃ、今後呼び出しには応じない”…って、啖呵きってきちゃった」

「え…だ、大丈夫なのか?」

「平気だよ。…向こうがそんなに俺の事が必要なら、逆にそれが切り札になるってことに気づいたんだよね。“鮎沢やその周囲に何かあったら、二度と俺は手に入らないよ”って、…そう、言ってきた」

「碓氷…」

「バカだよね、俺。鮎沢を守らなきゃって、そればかりに気をとられて、一番大事な鮎沢の気持ちを忘れてた。…ごめんね」

そういうと碓氷は片手でそっと美咲の頭を撫でた。

「“どんな理由があろうと鮎沢のこと傷つけるやつは許さない”って…そんなの、ずっと自分が思ってたはずなのに、さ」

「……?」

碓氷は、再び美咲に微笑みかけると、撫でていた手を美咲の後頭部にあて、そっと額を美咲の額と触れ合わせた。

「…俺はどこにも行かないよ。ずっと鮎沢の傍にいるから」

「…碓氷…」

「…鮎沢の傍にいて鮎沢と一緒に戦うよ…でなきゃ、本当の意味で鮎沢は守れない…」

「……」

押しのけようとしていた美咲の手は、いつの間にかしっかりと碓氷のシャツを握り締めている。碓氷はそんな美咲の手に自分の手を重ね包み込んだ。

「…じゃあ、聞かせてくれる?この間の続き」

「…え?こ、この間のって…あの…」

「うん。今なら誰もいないから」

「う"…だだだって、誰にも聞かせたくないって言ったのお前じゃないかっ。こんな外で、誰が通るかもわかんないのに…」

「え〜?密室でふたりっきりがいいの?美咲ちゃんてば大胆〜v」

「ちっ、ちがっ!そういうわけじゃないっ!!そうじゃなくて…あの…」

「…何?」

「…いや…あの…」

「うん」

「…あ、あの……あのな、碓氷…」

「うん」

「…あ、あの…わ、私は…その…」

「…うん」

「あ、あの……う、うう……う……や、あの……」

「…どうしたの?」

「だ、だだ、だってお前、その…“いつか絶対”…とか言うから…も、もう……ずっと先になるんだと思って…だから……ちょっと………」

頭から湯気を出しながら俯く美咲。碓氷は美咲の後頭部から頬へと手をすべらせると、そっと顔を上げさせた。

「…鮎沢」

近づいてくる碓氷の顔に、美咲は自然と目を閉じた。

(…照れるとあんなに暴れるくせに、キスは素直にさせてくれるとか…かわい過ぎ…)

そんなことを考えながら、碓氷は美咲の唇をゆっくりと味わった。





「……はっ……はぁっ…」

名残惜しげに離れた唇。まだ慣れない行為に、美咲は碓氷のシャツを握り締め、息を荒くしている。

「…いいよ。続きはまた今度で。…ずっと一緒にいるんだから、焦る必要なんてないし」

そう言うと、碓氷は美咲のまだ真っ赤な額にチュッっとキスをした。

「そろそろ帰らなきゃ、ね?」

「………」

美咲は真っ赤な顔のまま、俯いた。手は、まだ碓氷のシャツを握り締めている。

「…どうかした?」

美咲はまだ俯いたまま何も言わない。ただ、碓氷のシャツを握り締めたままの手に、わずかに力が入る。

「…鮎沢?」

不思議そうに目を見開く碓氷。ようやく美咲はわずかに口を開いた。

「……から…」

「…え?」

「…も、もうちょっと…したら、その…か、覚悟が…」

もごもごと告げる美咲に、碓氷の口元が緩む。

「……ふっ……じゃあ、もうちょっとこのまま…ね?」

「…おう…」



…その後、碓氷が待ち望んだ言葉を美咲の口から聞けたかどうかは誰も知らない。

いや、空に輝いていた半月だけが、もしかしたら知っているのかもしれない。





2010/10/21.

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