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□☆でも実は少しだけにんじんが苦手
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今日は12月23日。クリスマスイブには1日早いが、碓氷と美咲は一緒にクリスマスディナーの準備をしていた。

明日のイブは18時からメイド・ラテのクリスマスイベントがある。さつきの配慮でふたりとも17時からシフトに入ればいいようになっていたが、イベントの片付けもあるので帰りはかなり遅くなる。

それなら…ということで、ふたりで過ごすクリスマスは本日決行、ということになった。



「はい、これで鴨のローストの出来上がり〜!」

「おお〜っ!…本当に簡単に出来るものなんだな〜…」

「そ。丁寧に皮に切りこみ入れて焼くだけ…意外と簡単でしょ?」

「おう!」


そう言って活き活きと瞳を輝かせる美咲を、碓氷は嬉しそうに目を細めて見つめた。

試験だ生徒会だとあわただしく過ぎていく師走。こんなふうに碓氷の部屋でのんびり過ごすのは久しぶりだった。


「ジャガイモも、煮えたみたいだぞ!」


美咲がグツグツと煮えているジャガイモに竹串をゆっくりと刺していくと、それはなんの抵抗もなく、すんなりと飲み込まれていった。


「じゃあ、うえにチーズをのせてオーブンへ…ああ、いいよ。危ないから俺が…」

「大丈夫だこれくらい!ちゃんと鍋つかみがあるんだから!!」


碓氷は苦笑しながらため息をつくと、出しかけた手を引っ込めた。こういう時の美咲はまず一歩もひくことはない。下手をしてひっくり返しでもしたら最悪ふたりとも大火傷だ。

そのかわり、美咲の動作を注意深く見守る。…自分が傍にいるのに彼女に怪我をさせるなんて…そんなのはゴメンだ。


毎日料理をする時間が取れるわけではない美咲の上達振りは遅々としたものだったが、それでも不思議と怪我をしたことはない。

そういえば初めて作ってくれたお粥も、その次のうさぎりんごも、出来栄えは散々なものだったが、火傷をしたとか指を切ったとかいう形跡はまったくなかった。


(運動神経がいいから、…っていうのとはちょっと違うと思うけど…)


怪我はないにこしたことはない。いつも全力投球の彼女は見ていて楽しくもあり、心配でもあり…でもそんな彼女の心も身体も、出来るだけ傷つかぬように、でも縛らぬように、優しく包み込んで守り続けたい…と碓氷は思う。


「え〜と、碓氷!10分でよかったか?」

「うん。そのくらい」


今日の美咲はまたずいぶんとはりきっている。

それは碓氷と同様、このふたりでゆっくりと過ごせる時間が待ち遠しかったからだと…彼女も自分と同じ気持ちなのだと自惚れてもいいだろうか?


「よ〜し、出来たぞ!それにしても便利なものがあるんだな〜、直火にもかけられるグラタン皿なんて。確かにこれならコンロで煮てそのままオーブンに入れられるから、鍋が汚れなくて片づけがちょっと楽だな」

「うん。ジャガイモのグラタンならわざわざベシャメルソース作らなくても、牛乳と生クリーム使って煮込めば美味しいの出来るしね。…簡単でしょ?」

「おう、このくらいなら私でも作れるぞ。…次はなんだ?」


鬼会長でもなく、メイド服で接客中でもない美咲の子供のようにはしゃいだ顔を見れるのは碓氷にはとても嬉しいことだった。


「うん。次はね…にんじんサラダ」

「え!?に、にんじん!?」


突然美咲は素っ頓狂な声をあげる。


「…あれ?キライだったっけ!?」

「…う…い、いやっ!そんなことはないぞ!?わ、私には、好き嫌いなんてないからな!!」


と美咲は少し引きつった顔で胸を張る。


「ふ〜ん、そういえばそんなの聞いたことなかったな…まったく、苦手なものないの?」

「ああ、まったく、これっぽっちもない!」

「へ〜…まあ、俺も特にこれといってないけど、まあ強いて言えば…」

「あるのか?」

「…生卵がちょっとだけ苦手…かな?」

「へーっ…卵かけご飯とか、食べないのか?それから…すき焼きに卵つけて食べたりとか」

「うん。家ではそういうの食べたことなくって…何かで見て、専用の醤油っていうの売ってたから試してみたんだけど、…なんか、ね」

「ほ〜っ、お前にも苦手なものがあるのか〜、そうかそうか。うんうん」


と、何故か満足そうに頷く美咲。


「…ずいぶん嬉しそうだね?」

「え?いや別に?…ただ、宇宙人にも苦手なものがあるんだな〜と思ってな♪」

「ふ〜ん…」

「…なんだよ。だから何でもないって、ほら、作るんだろ…その…に、にに…にんじんサラダ」

「…うん」


頬を緩ませながらもちょっと俯き加減の美咲を見て碓氷は思う。


(どうせまた“勝った”とか思っているんだろうけど…この反応はどう見ても苦手なんだろうな…にんじん。ま、いっか。…後でおしおきすればいいしね♪)


一方美咲はというと、


(大丈夫、ちょっとだけ…ほんのちょっとだけ苦手なだけなんだ。バレてないっ!)


…などと考えていた。





「どんな風に切るんだ?」


皮むき器で丁寧に皮を剥いたにんじんを手に、美咲は尋ねる。


「ああ、包丁は使わなくていいよ。これ使って…スライサー」


と、碓氷が取り出した調理器具を不思議そうに見る美咲。


「へ〜、こんなものがあるのか」

「使ったことない?」

「ああ」

「ちょっと見かけて、美咲には包丁よりこっちの方が使いやすいんじゃないかと思ってね…おろし金みたいにこうやって野菜を滑らせるだけで、ほら、きれいな千切りになるでしょ?」

「おおっ!?」

「これでもかなり刃は鋭いから、力入れないように、ゆっくりやってね」


と碓氷は美咲にスライサーとにんじんを手渡した。


「え〜と、こう…ほんとだ、サクサク切れるな。こんなに細く切るのか?」


みるみるうちにきれいな千切りが出来ていく。


「その方が火の通りが早いし、味が馴染みやすいから…家ではどんなのが出るの?」

「母さんが作るやつはにんじんがごろごろしててな…、あれだ、ポテトサラダのいもがそのままにんじんになった感じなんだ」

「ふ〜ん…」

「…だから食べるとあのにんじん独特のなんともいえない甘みがこう口の中に広がってだな…」

「…あ〜なるほど、それがイヤなんだ」

「そう…」


と言い掛けて美咲ははっとした。


「…い、いや違う!あの…にんじんの、あの、…そ、そうだ!素材!素材の味が活きててな、美味いんだこれがっ!」

「…ふっ…くくっ…そうなんだ?」

「そ、そうだぞ!…何笑ってんだよっ!!嫌いじゃないって言っただろっ!!」

「…はいはい。そういうことにしておこうねv」

「…るさいなアホ碓氷!嫌いじゃないぞっ!」

「…くくくっ…うん…」

(…くっそう…っ!なんでバレるんだ、宇宙人め…っ!)


顔を真っ赤にした美咲は、口をとがらせてモゴモゴと続ける。


「…本当に、嫌いじゃないんだ。…ただ、ちょっと、時々、ちょっとだけ苦手っていうか…母さんは結構何にでもにんじんをたくさん入れるんだよ。ポテトサラダにもにんじんが入ってて…シチューとかにもいっぱい…だから…好きなんだろうな…」

「ふ〜ん…くっ…くくっ…」

「な!…なんだよっ!何がおかしいんだっ!!」


そんな美咲の様子が、碓氷の目にはたまらなく可愛らしく映る。…だからついこうして、からかってしまう。


「…いや、ごめん。…俺の作るのが、美咲の口に合えばいいけど…ね?」

「…お前が作るのは何でも美味いから、きっと、大丈夫だと思うんだ……もしかしたら、好きになるかも…多分…」

「…うん」

(かわいいこと言ってくれちゃって…)


そして無自覚な美咲のこんな言葉に、いつも返り討ちにされてしまうのだ。





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