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□☆家族ってなんだろう
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美咲に教室を追い出された碓氷と紗奈は、廊下を並んで階段へと向かった。


「まったくお姉ちゃんったら照れ屋さん♪…はっ、もしや姉は学校ではずっとあんな調子で…?」

「…ああ、うん」

さらっと答える碓氷に紗奈は丁寧に頭をさげる。

「それはそれは…困った人ですねぇ。…碓氷さんにはご迷惑をおかけいたします」

「…あれでこその鮎沢だから」

静かに答える碓氷ににやりとする紗奈。

「ほほぅ、それはまた、お熱いことで。ウェッヘッヘッヘッ…」


それから元々無口な二人は、黙ったまま廊下を並んで歩いていった。





階段にたどり着き、降りはじめたところで碓氷が唐突に口を開く。

「…あのさ」

「はい?」

「家族って…何かな?」

「何…といいますと…?」

紗奈は不思議そうに立ち止まり碓氷の方を見る。そして碓氷は紗奈の二段下に降りたところで、同じく立ち止まった。

「…自分と血の繋がった人?それとも、育ててくれた…同じ家で暮らしてきた人、かな…」

紗奈に背を向けた碓氷の表情は見えない。

「そうですねぇ…」

紗奈は人差し指を唇に当て、目線をやや上にあげつつ考え込んだ。


ごく一般的な家庭なら“血の繋がった人”と“同じ家で暮らしてきた人”はイコールで、それが“家族”なのは当たり前のことだろう。

しかし、複雑な事情を持つものはけっして少なくはない。

そのせいか紗奈は碓氷の問いかけを特に不思議にも思わなかったようだ。

「血が繋がっていても、ほとんど会ったことがない人を“家族”と思うのは…なかなか難しいと思いますねぇ…」

紗奈はあまり記憶にない父親のことを思い浮かべながらそう答えた。

『どんな理由であれ家族は一緒にいるのが一番幸せ』

母はそう言ったが…もし今突然父が戻ってきたとしたら、自分は戸惑ってしまうに違いない。だってもうずっと、父親のいない“家族”が当たり前だったから。

「…大岡裁きは『生みの親より育ての親』…いや、あれは『本当に子供のことを思い遣ることが出来る者こそが真の親』というお話でしたか…」

首をかしげながら考える紗奈に、碓氷はさらに問いかける。

「…でもそれが違っていたら…?」

「はい?」

「親が思う幸せと子供が望む幸せが違っていたとしたら…?」

碓氷は俯いたまま、ゆっくりと身体を紗奈の方に向けた。

「どっちが幸せかなんてそんなの…誰が決められるんだろう…」

「そうですねぇ…」

碓氷の事情など知らない紗奈は、碓氷の言葉を自分の身に照らして考えてみる。


どちらが幸せか。例えば…お金はないよりあるに越したことはないだろう。もしうちに借金がなかったら…お父さんがいて、お母さんが毎日家に居て、お姉ちゃんもバイトなどしなくていい、そんな生活。自分も節約料理など考えず、懸賞ハガキを書く必要もない…。

「…おや?」

懸賞ハガキを書かなくていいなら懸賞部を作ることもなく、友達に協力を頼むことも先生に根回しをしたりすることもなく、いろんな雑誌に目を通すこともなく…そしたらその時間、自分は何をしているだろう。…勉強?しかし勉強時間なら今でも十分に足りている。星華には無事入学できたし、他に行きたい学校があったわけでもない。もっと友達と遊ぶ?ゲームソフトでも揃えてみる?…しかしその方が今より幸せなんだろうか…。

「…はて…?」

お姉ちゃんはどうだろう?バイトをしなくてよくなったら…学校では生徒会長、勉強は碓氷に負けたと悔しがっていたけどそれでも学年で2番。…バイトをしなければ1番だったかもしれないが、それはそんなに重要なことだろうか…。

「うーん…」

まあ、バイトと勉強の両立で睡眠時間は削ってるみたいだから、寝る時間はたっぷり取れるかも。…毎日ぐっすり、休みの日も昼まで寝ているお姉ちゃん…ダメだ、そんなの全く想像出来ない…。

「むー…」

…お父さんがいれば少なくともお母さんは、時折淋しそうな表情を見せることもなくなるだろうけど…。


「…むむむむむ…これはなかなか難しい問題ですねぇ…」

「……」

悩む紗奈に、黙ったままの碓氷。…しばらくして、紗奈はぽつりぽつりと自分の考えを語り始めた。


「私が星華に行きたいと言った時、お姉ちゃんは反対しました。お金のことなら気にしなくていいから、もっといい学校へ行けって。でもお母さんは『紗奈の好きなようにしたらいいわ』って、ただ笑って…」

三人で何度か話した進路のこと、紗奈はその時のことを思い出す。

「…でもそれは、お姉ちゃんとお母さん、どっちがより私のためを思っているかとか、そういう問題ではなくて。お姉ちゃんにはお姉ちゃんの思う幸せがあって、お母さんはお母さんの思う幸せがあるということです。そして私には私の思う幸せが…」

私は本当に、お姉ちゃんのいる学校に行きたかったんだけど。お姉ちゃんが生徒会長になろうと思った学校、あのお姉ちゃんが恋を知った学校。それから、ヨウ君もいる学校…。

もちろん将来のこともちゃんと考えている。無理していい学校に行って授業についていくのが精一杯というよりも、星華でもお姉ちゃんみたいにトップクラスの成績を取った方が就職には有利だし、余裕があればバイトや就職のための資格を取ったりする時間も出来る。その方が将来絶対に役に立つと思うんだ。

いろいろちゃんと考えた上で、私は自分で星華を選んだ。それは私が思い描く、“幸せ”の形。

「立場や環境が変われば望む幸せも違います。それは価値観の違いだったり、単なる好みの違いだったり…」

結局お姉ちゃんはしぶしぶ承知してくれたけど、例えばもっと強引に“いい学校に行きなさい!”という人だったなら、自分の価値観を強引に押し付ける人だったなら、私は…。

「でも、それが互いに激しく食い違ってしまったら…例えばそれが親が子を思う気持ちであっても、それが子供を傷つけてしまうことも…その子供にとっては痛みでしかないこともあるのかもしれませんね…」

「……」

紗奈の言葉に、碓氷は兄を想う。今まで話したことも、ましてや会うことなどほとんどなかった兄。育った環境も何もかも違いすぎる兄に、自分の望みはおそらく理解されることはないだろう。それでも…兄は兄として、自分の幸せを願ってくれているのだろうか。…たとえそれが、自分にとっては痛みでしかないのだとしても…。






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