SS
□☆ずっと、一緒に
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しっかりと手を繋いだまま、碓氷とふたり笑いながら住宅街を駆け抜けた。
普段の私なら近所迷惑だと怒るに違いないその行為が、今はただ嬉しくて楽しくて仕方がない。
きっと、碓氷とふたりならどこまででも駆けていける。こんな風に、ふたりなら、きっと―…。
瀟洒な住宅街に辿り着いたところで、どちらからともなく足を緩め、立ち止まった。
「…ほどほどにしておかないとね」
「…そうだな。汗でもかいたら…かえって身体が冷えてしまう。風邪ひいたら困るからな」
うちの町内とは違って、いかにも金持ちの住みそうな大きな家が立ち並ぶ一角。歩道もきちんと整備され、丈高い塀の並ぶ通りに人の気配はない。
「…あ、あそこに座ろうか」
碓氷が指差す方をみると、歩道と歩道の切れたところに…車止めなのだろうか、ちょうど、人が腰掛けるのにちょうどいい高さの、石の円柱が並んでいた。
「そうだな」
辺りは車通りもなく、どこまでも静かだ。うちの近所とは違い、家々からもれ聞こえる声も聞こえない。…ただ静かに雪が舞うだけ。
落ちてもすぐに溶けて消える雪は、路面をわずかに湿らせる程度。軽く表面をなでて濡れてはいないことを確かめると、繋いでいた手を離し冷たい石に腰掛けた。
「…え…!?」
とたんにふわりと暖かいもので頭を包まれた。そして…。
「ん…」
唇に触れる、温かく柔らかな感触。碓氷…!
下唇と上唇を交互に吸われ、確かめるように舌で唇をなぞられる。さらに舌が口内へと侵入しようとする気配に、慌てて碓氷の胸に手をあて押しのけた。
「ばっ…!お前こんなところで…っ!」
「…鮎沢が教えてくれたんでしょ?住宅街でキスする方法」
私の頭に被せられたのは碓氷の…私が編んだ下手くそなマフラーの端。そして碓氷は何が悪いんだと言うように不思議そうにそう呟く。
「ちがっ…!あ、あれはその…」
…あれはただなんとか気持ちを伝えたくて、でも言葉にしようとしたらまた失敗するし、なんというか勢いで…っ!
い…今にして思えば我ながらなんて大胆なことを…しかもうちの近所だし誰かに見られてたら…うあぁああ〜〜〜〜っ!!
「…くっくっ…そんなかわいい顔しておあずけなんてズルイよ鮎沢。だからもうちょっとだけ…ね?」
「え…?…んん…っ」
マフラーの上から後頭部を押さえられてもう逃げられない。だから仕方ないんだ…なんて自分に言い訳をしながら、碓氷のキスを受け入れた。一度受け入れてしまったらもう逃れる術なんて私にはなくて、後は碓氷にされるがまま―…。
「…はっ……はぁっ……」
「…今日はこのくらいにしておいてあげる。続きはまたふたりっきりになった時にゆっくり…ね」
チュッ…っとおでこにもう一度キスをして微笑む碓氷を、
「アホッ…」
睨みつけながらひと言そう返した。なのに碓氷は、
「…もっと、キスして欲しいの?鮎沢」
な……っ!
「…んなことひと言も言ってないだろ!?この変態宇宙人っ!!」
なんで、そんな……気づくなよっ、この…アホ碓氷っ!!
「しー…静かにしないと近所迷惑だよ?」
「う…」
…そうだった…〜〜〜くそっ!
「じゃあ、ふたりともおあずけ、ってことで…おあいこだね♪」
碓氷はそのまま私の首にもマフラーを巻きつけると隣の石柱に座った。
「おい、マフラー…「こうやってふたりでひとつのマフラーするの、“恋人巻き”って言うんでしょ?」」
そう言ってまた照れたような笑顔を浮かべる碓氷に、言葉が詰まる。
「ふ、ふーん…」
一瞬見惚れた自分が悔しくて、碓氷に背を向けた。
…こ、恋人、か…。碓氷と恋人……ダメだ、なんかいろいろと恥ずかし過ぎて、熱が出そうだ…。
「…雲が切れた…」
「…え?」
碓氷の言葉に思わず空を見上げた。雪は静かに降り続けているのに、重い雲の切れ間から、わずかに星が瞬くのが見える。
「…ホントだ。…雪降ってるのにな…」
…お天気雨みたいなものか。でも、こうやっていると、まるで…。
「…まるで、星のかけらが降ってるみたいだ…」
「…え?」
聞こえた呟きに碓氷を振り返った。
「…ん?」
向けられるのは、優しい笑顔。
「…もしかして、同じこと考えてた?」
「…ああ」
素直にそう答えて、また、碓氷に背を向けた。そして、そっと重心を後ろに移し、碓氷の背に背中を預ける。…温かい。
…同じことを考えている。こうやって互いに背を向けていても。
私たちは同じだ。
こうやって感じているぬくもりも、せつないほどの“好き”という気持ちも、お互いを守りたい、その意思も、そして、ずっと一緒にいたい、その想いも…。
だから私たちは恋人として、これからずっと、一緒に…。
2011/2/16.