Ice Empress
□忍足侑士 HAPPY BIRTHDAY 2010
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跡部と付き合ってもう三年、気が付いたらもう高等部に上がっていた。
本当は高校は大阪の学校に行く予定だったが親に頼みに頼み込んで学校の成績を絶対に落とさないという条件付きで一人暮らしをさせてもらえる事になった。
確かに成績に関しては何の問題もない、ただ大変なのは家の事もすべて自分でやらなければいけないという事。
一人だから大して散らかる事もないが、恋人の跡部を呼ぶ時はさすがに綺麗にしておきたい。
母親の気遣いで週に一回お手伝いさんのような人が来てくれる事がどんなに有り難いか。
偶然にも昨日そのお手伝いさんが着て部屋はピカピカ、誰を呼んでも恥ずかしくない。
しかも、今日は待ちに待った誕生日、去年は跡部を連れて街に出ての庶民デートだった。
今年はなんせ一人暮らし、あんな事やこんな事も出来るが、したい事が一つ。
男だったら誰でも憧れる事だと思う。
今年はそれを実践しようと思っていた。
「よう来たな、景吾」
「テメェが呼んだんだろうが」
「まぁ、そうやけど?」
「……ほら、今日、誕生日だろ?」
「景ちゃん!覚えとってくれたん!」
「レギュラーのプロフィールくらい覚えてなくてどうする」
「でも、ほかの奴にはプレゼントなんてせんやろ?」
「…っ!いいから部屋に上げろっ!今日は寒いんだ」
自分を押し退け、靴を脱ぐと勝手知ったる他人の家、リビングに勝手に入っていった。
一人暮らしを始めてちょうど半年、月の半分はここに泊っている。
跡部の父親や母親はあまり帰ってこない上に、自分の家に来ている事は執事が承知しているようなので特に問題はないらしい。
だから跡部はここを自分の家のような感覚なのだろう。
だからこそ可能な今回のお願い。
跡部にしてもらいたい事はただ一つ。
「暖房が入っとるから寒くないやろ?」
「まだ早いんじゃねぇか?」
「景ちゃんには寒い思いさせたないんや」
「……餓鬼じゃねぇのに、過保護だな」
先程玄関先で押し付けられたものは、どこぞの有名店の名が入った明らかにケーキであろう箱と、もう一つは綺麗に包装された手のひらサイズの箱。
イベントの度にプレゼントを貰っているので今回もいらないと言っていたのに、こういうところは本当に律義だと思う。
「いらんゆうたのに」
「俺様が気に入ったから買っただけだ」
「……もしかして、お揃いなん?」
「余分に買っただけだっ!テメェの為に買ったんじゃ…っ」
「おおきに、景吾」
「……壊したら殺すからな……っ」
さり気無く優しい所を見せてくれる景吾が本当に可愛いと思う。
他の奴らは知らなくてもいい事だから、絶対に離したりはしないが。
「ところでな、一つお願いがあんねん」
貰ったケーキを皿に出し、紅茶を用意しながらカウンター越しに話しかけた。
跡部は明らかに嫌そうな顔を見せた、きっと去年の事を思い出しているのだろう。
「……また、俺様に恥をかかす気か?」
「何ゆうとんの?去年も楽しかったやろ?」
「……テメェをこの世から消したいくらいな」
「怖い事言わんで、今回は出かける訳やない」
去年の事が大分ショックだったのか、『お願い』という言葉を出すと、必要以上に警戒するようになった。
しかし、今回は家から出ないと聞いた途端安心したように見えた。
「何だ?今すぐ言ったら聞いてやらなくもない」
「まぁ待ちいや、せっかく持ってきてくれたケーキ、無駄にする事ないやろ」
お盆の上にはポットと温めたカップ、そしてチーズケーキが二つ。
俺が食べるのを見越してちゃんと甘くないものを選んできてくれている。
きつい事居ながらもちゃんと考えていてくれているのだ。
「これ、中身開けてもええ?」
「……その為にやったんだろうが」
「せやな、じゃ、遠慮なく」
包装を綺麗に剥がし、箱を開けてみるとそこには銀色のマネークリップが入っていた。
普段財布は持つようにはしているが、学校にいる時はどうもそれが面倒でどうにかしようと思っていたのだ。
確かこの事を跡部に愚痴のように溢したのはたった一回。
あのたった一回を覚えていたのだろうか。
「……これで面倒もなくなるだろ?」
「…ほんまおおきに、めっちゃ嬉しいわ」
照れて赤くなっている顔を隠すようにそっぽを向く跡部が愛しくて、そっと抱き締める。
これで今回の計画が成功したら、何を捧げてもいいと思う。