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□初恋ラインオーバー
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どんなに仲良くたって、しょせん俺は氷帝の芥川で、あの人は立海の丸井君なんだ、って。
神奈川の地区大会を見学?観察?しながら思い知った。
さっきまで一緒だったのに、立海の試合を見つけちゃった俺は一人集団を外れてって、気が付いたらみんないなくなってた。
レギュラーになって初めての試合の丸井君は、そりゃもうめちゃくちゃカッコE!
前に見た時より、確実に鉄柱当てのコントロールが良くなってるし、綱渡りだって自分のコートに落ちることはなかった。
完全に役割が決まって桑原との連携もスムーズだ。
かっちょ良く勝利をおさめた丸井君は、立海のベンチに戻って歓声を浴びている。
あそこで丸井君の勝利を一緒に喜ぶのは、立海生であって俺じゃねぇ。
俺だって丸井君が勝ったのがこんなに嬉Cのにな。
俺がこのフェンスの内側に入ることはねぇんだ…。
急に胸が苦しくなって、フェンスを掴んだ。
カシャンって音が鳴って、丸井君がふいにこっちを見た。
「嘘、だ…」
丸井君の視線から逃げるように、俺はフェンスから離れた。
だって、それまでずっと立海の人たちと喋ってて、あんな小さな音で、反対側にいた俺に気付くワケがねぇよ!
音に気付いたとしても、俺だってわかんないかもしんねぇ、てゆーか絶対そうだ!きっと丸井君は俺だって気付いてねぇよ。
うわっ自意識かじょー、跡部みたい。
丸井君の試合も観れたことだC、そろそろみんなを探さないと!


「ダメだ、誰もいねぇ」
全くもー、事前にどこの学校を見学するかぐらい言っといて欲Cよ!俺みたいに迷子になる人いたらどうすんの!!
「もうEや、どっかで寝よう…」
「道端では寝んなよ」
「!?」
今ので眠気が一気に覚めた。
「ま、丸井君」
「よう芥川。お前何で神奈川にいんだ?」
「Aとね、氷帝で神奈川の強い学校を見学?じゃなくって観察?でもねぇC、んーと…」
「偵察?」
「そうそれ!テーサツに来たんだけど、はぐれちった」
「何で中学にもなってはぐれるんだよ」
「だって立海が試合してたら観てぇじゃん!丸井君の試合もあるんだC!!」
「ってことは、やっぱりさっきいたのはお前か」
「!!」
バ、バレてた。ちょー恥ずかC!
「何でわかったの?」
「お前の頭の色目立つからな。せっかく俺が手ぇ振ってやろうとしたのに、いなくなるし」
「うーあー」
「まぁこうして話してることだし結果オーライだけど?それよか早く行こうぜ!」
当たり前のように差し出された、右手。
イマイチ意味がピンとこなくて、俺は首を傾げた。
「行くってどこへ?」
「氷帝は神奈川の強豪校を偵察に来たんだろぃ?」
「え、それじゃあ…」
「立海以外の強ぇとこ、教えてやる」
「っ!!ありがとー!」


スゲースゲー、俺今丸井君と手ぇ繋いじゃってるよ!
や、今まで何回か遊びに行った時に繋いだことはあるけど、今回は特別って言うか、だってテニス場で繋ぐって…ねぇ?
「見当たんねえな」
ずっとドキマギしてた俺の頭は、丸井君の呟きで現実に戻った。
そうだ、俺迷子だったんだ!
「ここもそこそこ強ぇから、いるかと思ったんだけどなー」
「な、なんかごめんね」
「いいや?俺も敵状視察出来るし。せっかくだからちょっと観てくか?あいつ俺らと同じサーブ&ボレーヤーだぞ」
「じゃあ、ちょっとだけ」
俺らと同じ。
深い意味なんてないのに、言葉の響きにドキドキしちゃって試合に集中出来ない。
せっかく丸井君が教えてくれた選手なのに。
「丸井君の方が強くない?」
何とか観察して、出した答えがそれだった。
「俺は天才だからそんなん当たり前。でもサーブ見てみろよ」
あ、サーブ&ダッシュ速ぇかも。
サーブのトスをあんなに前に!
感心して丸井君を振り返ったら、食い入るように試合を観てた。
ガム膨らませて気のないフリしてっけど、目は真剣そのものだ。
そんな表情もかっこE…。
「ん?」
ツイッて丸井君の視線がこっち見て、俺と合った。
「あ、え」
俺、丸井君のこと見過ぎだったかな。
うー、今日はこんなんばっかりだ。
どうしよう、逃げたい。
丸井君は何か言いかけて、自分の頭をガリガリかいた。
何か言われる前に何か言わなきゃ!
「ま、丸井君も他の選手を研究したりするんだね!」
「あのなぁ、いくら俺が天才的つったって、無敵ってワケじゃねぇんだぜ。敵を知るのも妙技を上達させる過程の一つなんだよ」
「そっかー」
努力してんのは他の中学生と変わんねぇんだな。
いっつも試合ばっか観てたから、知らなかった。
ちょっと親近感。
「そろそろ行くか」
「うん」


負けた学校は帰って行くから、徐々に人は少なくなってた。
人気のあんまないとこを歩きながら、何となく気まずくて俺は話題を探す。
「立海は地区予選から正レギュラーなんだねー」
「当ったり前だろぃ?手ぇ抜いて負けたりしたら格好悪ぃじゃん。何てったって立海は常勝が掟だからな!…ホントは真田の鉄拳制裁が嫌なだけなんだけど」
誰にも言うなよ、なんてコッソリ言われたらそりゃ守るしかないっしょ!
死んでも言わない!!
立海生すら知らない丸井君の秘密。
そう思ったら、こそばゆくって、ちょっぴりまた胸が疼いた。
「それにしても二年生でレギュラーなんてスゲーよ!」
「お前だって三年差し置いて今度試合出るんだろぃ?」
「うん!準レギュラー枠だけど。勝てば正レギュラーになれるかもしんねぇんだ!」
「都合付いたら応援に行ってやるよ」
「マジで!?」
神様お願いだから、東京の地区大会の日は立海を休みにして下さい!!
だって俺らは決して学校というラインを越えらんないんだから、せめてラインの外の、フェンス越しの応援くらいくれたってEじゃん!
同じコートの中に入った時は絶対敵同士なんだから。
だから…。
「おい、芥川!?」
急にしゃがみ込んだ俺に、心配して声をかけてくれるけど動けそうにねぇや。
だってね、丸井君、俺は…。
「大丈夫かよ、おい、おい!」
「心臓が痛ぇ」
「ちょ、救急車!」
「待って、行かないで」
「だってお前っ!」
「ダイジョーブ」
「何馬鹿なこと言っ」
「丸井君が好きです」
「はあ?」
「天才的なプレーもこっそり努力家なとこも俺に優Cとこも全部全部大好きです!」
「芥が」
「仲良くなれてスッゲー嬉しかったC、これからも丸井君は俺の憧れだよ!」
「あく」
「今までありがとう!バイバイ」
一息に言って、振り返りもせず一目散に逃げた。
だってね、丸井君。
俺丸井君と一緒にいると、これ以上ないってくらい幸せで、これ以上ないってくらい苦Cんだ。
俺らは他校生で、どうやったって同じチームとしては戦えなくて、それ以前に俺たちは男同士で。
俺の恋心をどんなに丸井君に向けて打ったところで、丸井君のコートの中には入んない。
全部ラインオーバー、アウトだ。
そんなん苦し過ぎるよ。
だから、これ以上丸井君を好きになる前に潰してしまおうと思ったのに。
「うー」
全然ダメだ、心が痛E。
叶わないのに傍にいんのと、スッパリ嫌われちゃうのと、どっちが苦Cんかな?
全くみんなが俺を置いてくからこんなことになるんじゃん!
見つけたらまず跡部を怒って、忍足に八つ当たりして、宍戸に慰めて貰って、滝に甘えて、岳人にポッキー奢らせて、樺地におんぶして貰いながら帰るんだ!
ダイジョーブ、ダイジョーブ、俺にもちゃんと氷帝の仲間がいるもん!!
…丸井君に立海の仲間がいるように。


「おい」
「まるっ」
声をかけられて、とっさに丸井君の名前を呼びそうになった。
けど違った。
「ったく何て顔してやがる」
「跡部が行き先も教えないで、俺をおいて行くからじゃん!」
「オイオイ、迷子になったぐらいで泣くなよ。激ダサだぜ?」
「だいたい迷子になること自体ダッセー!なぁ侑士!」
「あんまり泣いとった子をイジメたらアカンで岳人」
「おい樺地、またジローがはぐれたりしねぇようにおぶってやれ」
「ウス」
ヒョイッて樺地におんぶされて、俺は背中に抱き付いた。
それを確認して、みんなでゾロゾロ動き出す。
「樺地の背中広いねー」
「ウス」
「これから帰んの?」
「違います」
「まだどっか観んの?」
「ウス」
「え…」
何でよりによって立海なの!?
ヤダヤダ、行きたくないよ。
だけど樺地におんぶされてて、逃げることは出来ねぇ。
結局俺の思いとは裏腹に、決勝戦のコートに着いてしまった。
ストンと地面に下ろされて、混乱したままフェンス前に並ぶ。
ちょうどダブルス2が始まるところで、丸井君がコートにいた。
あ!相手は丸井君とテーサツした選手じゃん!!
もっかい丸井君に目線を戻すと、チロッて丸井君の視線がこっち見た。
気がしたけど、それはほんとに一瞬で、今度こそ勘違いかもしれない。
それでも俺はその場から逃げ出したかった。
何事もなかったように丸井君はサーブを打ち、試合が始まった。
綺麗なフォーム。
…桑原も前衛のボール拾ったから一応スゲー。
あ!チャンスボール!!
丸井君が打ったボールはポールに当たって、空高く飛び上がり。
「!!」
フェンスさえも飛び越えて、俺の足元に落ちた。
「すんませーん。後で回収に行きまーす!」
口元は笑ってるけど、視線が俺を射すくめる。
慌てて俺はボールを拾って、コートに向けてブンブン振った。
丸井君は頷いて、怒ってる桑原の頭をペシリと叩きながらコートに戻った。
何だ、コレ。
手元に残ったボールを見つめて、丸井君を見る。
ねぇ丸井君、一体どういうつもりなの?俺はどうしたらEの?


結局試合はストレートで立海の優勝。
あの後、丸井君は鉄柱当てを一度も失敗することなく6―0で勝った。
氷帝のみんなは帰るために駐車場に向かったけど、俺はボールを持ったまんま残った。
このままだと丸井君に会わなくちゃいけない。
自分でもどうしたいのかわかんねぇまんま立ちすくんでたら。
「ボール回収に来ましたー」
振り返ると丸井君がいて、優勝したのに不機嫌そうにこっち見てた。
「優勝おめでとう!そいじゃね!」
ボールを渡して走り出す。
これ以上は無理だ!
丸井君が追いかけて来る気配はない。
「いっ!!」
突然スコーンと何かが俺の頭に当たって思わず立ち止まる。
「妙技・芥川当て。どう、天才的?」
悠然と丸井君が歩いて来て、逃げようとしたらガッシリ腕を掴まれた。
「よくもまぁしゃあしゃあと試合を見に来れたなあ」
「そ、それは…」
「告るだけ告って逃げるなんてどーいうつもりだ?」
「だって」
「だって?」
「俺ラインオーバーじゃん!他校生だC、男だC、絶対丸井君の恋愛対象外だもん!それでも俺は丸井君のこと好きで好きで堪んなくて…」
ああもう、何言ってんの俺。
もうじゅーぶん泣いたと思ったのに、また涙が出て来た。
「ラインオーバーねぇ」
丸井君はヒョイとかがんで、俺にぶつけたボールを拾った。
「ラインオーバーで届いたろぃ?」
「え…?」
「俺のボール、立海の試合コートから観客の氷帝のお前んとこまで」
「あ…」
丸井君が何言ってんのかわかんなくて、期待しそうな自分がイヤで、涙をこぼしたまんま目を見開く。
「良いんじゃね、ラインオーバー?」
ポンポン俺の頭を叩く丸井君の目。
「友達と恋人の境界線を越えたってことで」
「!!」
「俺もずっとお前を好きだったよ」
自分の耳が信じらんなかった。
俺のずっと憧れてたあの丸井君が。
いつもカッコEあの丸井君が。
俺のこと好きだなんて!!
「何で…」
「お前見てて飽きなねーし、人懐っこくて可愛いし?慕われて悪い気しねぇっつうか、とにかくほっとけねぇ感じ?それを恋って言うんじゃねぇの?」
「は、わ」
「はは、変な顔ー」
笑われたけど、俺の顔は戻んない。
「悪ぃんだけど、そろそろ戻らねぇと。お前も気ぃ付けて帰れよ!」
「う、うん!」
「続きはデートでな!」
「!!」
さらりと言われて、ほっぺが熱くなる。
きっと真っ赤だ。
みんなには悪いけど、もうしばらくは帰れそうにない。


E.

幸せ過ぎて死にそうだ。

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