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□眠気覚ましにガムを一つ
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関東大会が近づいてからというもの、慈郎の部活への打ち込み方が格段に上がった。
相変わらず朝練に間に合うことは少ないが、放課後の部活前には
「始まる前に起こして」
と自分に頼み、ぴったり開始時間と共に練習を始めるようになったのだからこれは進歩だ。
以前ならば、開始時間が過ぎようが構わず眠っては遅刻していた。
「おら、起きろよジロー」
何だかんだで慈郎の頼みを聞いてしまうのは、幼馴染みのよしみからか、はたまたクラスメートとしての責任か。
「んーあと五分・・・」
身体を揺すっても今日はなかなか起きようとしない。
かと言って放って置けば
「何で起こしてくんなかったの!!」
と後で散々文句を言われるであろうことも、長年の付き合いでわかっている。
「起きれねぇんならガム食うか?目ェ覚めるぞ」
「ガム!!」
ムクッと上体を起こした慈郎は、こちらを見るなりあからさまにガッカリした表情を浮かべた。
「何だ宍戸か」
「悪かったな俺で」
「ガムちょーだい」
自分の持ち歩いているミントガムを一枚手渡しながら、どうせアイツのことを考えてるんだろうなと想像する。
慈郎は受け取ったガムの包みを開けることなく、リュックに仕舞う。
「食わねぇのかよ」
「ん。お守りにすんの」
「もっとマシなもんがあんだろうよ」
「俺ね、ブンちゃんが現れるまでは」
「あ?」
正直また丸井の話かと辟易しながら、それでも聞いてしまうのはやっぱり長年の付き合いのせいだ。
「宍戸が目標だったんだよ!」
「はあ!?」
「宍戸ってちっちゃい頃からよくみんなの面倒見てるC、周りから尊敬されてるC、俺の憧れだったんだ!」
ああ、知らなかったそんなこと。
てっきり都合良く使われてるのだとばかり思っていた。
「鳳が惚れた気持ちもちょっとわかるかも〜。なんつって」
「なっ!からかうんじゃねぇ!!」
「あはは、宍戸真っ赤〜」
振り上げた拳を下ろせないのも、ついついワガママを聞いてしまうのも、本当はどこかで感じ取っていたのかもしれない。
慈郎の真っ直ぐに向けられた、自分への尊敬の念を。
「憧れだった宍戸がくれた、俺の今の目標のブンちゃんの好物!効果二倍っしょ」
屈託なく笑う顔を見れば、怒りもどうでも良くなって。
「言ってろ、バーカ」
そう返すのが精一杯の兄貴分の虚勢。
「もーすぐ部活始まるから急がないと!俺ちょー強くなって、決勝でブンちゃんと戦うんだ!」
なるほど、ここ最近の努力のワケはそこか。
いつの間にか慈郎の目標は変わっていて、いつの間にか自分にも慈郎にも恋人が出来て。
だけど幼馴染みの特権というのは変わらないまま。
だったらせいぜい高い壁であってくれ。
と兄貴分として宍戸は丸井に思うのだ。
そんでちゃんとジローを守れ。あんま泣かせんな。遠距離だからって言い訳は激ダサだぜ。


E.

(あ、鳳〜!宍戸が愛してるって〜)
(ばっ!言ってねぇだろ、そんなこと!!)

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