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□夢避行
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いつだったか他愛もない話の延長線で、冗談のような下らない夢の話をした。
たしか慈郎の部屋で、おやつを食べながら漫画でも読んでいたのではなかったか。
「大人になったら海外に住もーよ!」
慈郎が嬉々として突拍子もない話題を始めるのはいつものことで、だからブン太も軽く頷いた。
「別に良いぜ。どこにするよ?」
「俺はねーニュージーランドがE」
夢見るようにウットリと話す慈郎を見て、ブン太は膨らませていたガムを口の中に戻した。
「へえ、何で?」
「だってニュージーランドには羊がいっぱいいるんだよ!」
「……」
「人口よりも多いんだってー。そんだけの羊に囲まれて寝たらさー、スッゲェ良い夢見れそうじゃん!」
「結局寝るのが目的かよ」
呆れながらも慈郎の顔をまじまじと見返してあることに気づく。
「お前最近眠れねぇの?」
エヘヘ、と笑う目元にはうっすらと隈が浮いている。本当に良ーく目を凝らさなければわからないけれど。
「ちょっとだけ夜寝る時間が減っただけだから」
その分授業中に寝てるし、心配しないで。とまた笑う。
慈郎が笑えば笑うほどブン太の胸は締め付けられる。
「それって俺のせい?」
「ブンちゃんのせいって言うか…まぁブンちゃんのことは考えてるけど」
恋する乙女の悩み?なんつって。
それだけではない筈だとブン太は知っている。けれど結局どうすることも出来なくて
「ごめん」
「何で謝るの?」
「だって」
「俺の方が先にブンちゃんに惚れたんだC、俺はブンちゃんといられるのが幸せ。ブンちゃんは違うの?」
「違わない」
「じゃあもう謝んないで」
「ん」
慈郎の顔に浮いた隈を親指でなぞり、唇に優しく口付ける。
あまりにも自然に寄り添えたから気づくのに時間が掛かってしまった。
本当は普通じゃないんだ、男同士の恋人なんて。
学校の友達には話せるのに、家族には口が裂けても言えないのはどうしてだろう。
自分たちはもう戻れない所まで来てしまったのだろうか・・・。
「ふ」
ゆっくりと慈郎の口内を味わってから唇を離した。
「カシス味」
「ん?ああ」
ブン太のガムのフレーバーだ。頷くと慈郎は更に嬉しそうに喋る。
「ニュージーランドってね、カシスも有名なんだって!」
「へぇ」
「ね、ね、だから行こうよ!」
「ああ」
「大人になったら絶対!」
了解して、頭を撫でてやると安心したのか慈郎は大きな欠伸をした。
そのまますぐにスヤスヤ寝息を立て始める。
どうせ日本にいてもしんどいだけならば、いっそ海外に逃避行も良いだろう。
将来は農家にでもなるか。そしたらビーフ食い放題だな。
慈郎の寝顔を眺めながら、ぼんやりと異国に思いを馳せる。


――本当は二人でいれたらどこだって、楽園だったとあの時は気づきもしなかった。


E.

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